シュローダー

すばらしき世界のシュローダーのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.8
最近色々と現実で人間関係が壊れたりした事が続いていたので、この映画はとても染みた。それは何故かと言えば、やはり主人公である三上という男の姿に、劇中の仲野太賀同様、興味を惹かれる他なかったからだ。母親に捨てられ、反社の世界に身を置きながら生きてきた、高血圧で融通が効かず、怒りをコントロール出来ない不器用な男。そんな彼の再起を、この映画は淡々と綴る。だが途中からこの映画を観ている観客はこう思う。「この三上という男、果たして本当に反省しているのか?」と。観客の感情移入を意図的に削ぐ様な展開を見せていく。これを語る上で、出番が少ししかない長澤まさみのキャラがかなり重要になってくる。まさしくあれは我々観客の立場そのもの。この映画の予告編を観て「まあ、よくある話だけど面白そうだね」と思って映画館に来た俺の様な観客の感情を表す。そしてこの映画はその様にして三上の人生を「消費」する事を許さない。あるがまま提示される彼の弱さと、世界の残酷さは、この客観的な距離感によってさらに際立つのである。その果てに導き出される「もうこの映画は終わるしかない」という状況になった時にきちんと映画が終わる。そこに皮肉に映し出される「すばらしき世界」の姿。虚脱する様な余韻を覚える見事なラストだった。役者陣の演技も最高レベル。役所広司はお馴染みの人情味溢れる存在感とブチ切れ演技によって三上という人物に完全に成り切っている。長澤まさみはいっぺんぶん殴ってやろうかと思わされるムカつく演技が巧かったし、六角精児の燻銀な存在感も流石。そして仲野太賀。「あの頃。」での好演も良かったが、この映画によって本当に名前を覚えておかねばならないなと改めて思わされた。今後も彼のキャリアを追っていきたい。社会に順応しようと努力するも、暴力に行きついてしまう「そうとしか生きられない」不器用な男が「解放」されるまでの物語。ポールトーマスアンダーソン「ザ・マスター」をオールタイムベストに入れている僕の様な人間にこの映画が刺さらない訳がない。僕の今年暫定ワースト「ヤクザと家族」とほぼ同じ話ではあるが、無責任な男を無責任なまま情熱的に描くあちらとは違い、「物語」に押し込める事をしない冷淡さがこの世界をカメラで写す上で、誠実だと感じた。とても良く出来た映画だと思います。