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すばらしき世界のstのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
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「『すばらしき』世界」とは、決して"万人にとっての理想郷"を指しているわけではないことは言うまでもなく、タイトルからしてアイロニカルさを物語っている。無論、「この世はなんと『すばらしき』世界だ」というシニシズムである。

雪の降る旭川刑務所の監獄内の「窓」からのフレームインに始まり、都内のアパート上空に広がる「広い空」へとフレームアウトしていく大構造の通り、一見「内側」から「外側」に向けての<世界>の「開放」がテーマであるように思われる。しかし、本作が本質的に示そうとしているものはもっと陰鬱で陰惨な「生きづらい<社会>」である。

「ヤクザ」から「カタギ」へ。世の中の大きな変化の波に揉まれながら三上は自分が生きてきた道を(まるで医師が自らの医療行為の責任を恐れ、患者に安静を強要するかのごとく)「矯正」されていく。過去を"消し去る"のではなく過去を"受け入れて"くれる職場を求めて入った介護施設。しかしまさにそここそが陰湿な社会の縮図である。

豊かになり多様化が進んだ世の中は果たして「前」(=「すばらしき」方向)へと進んでいるのだろうか。否、そんな世の中は損得勘定に溢れ、かつて共有されていた「任侠」は表向きには跡形も無くなった。世の中のそうした様相を象徴するかのように三上の「運転」はボロボロ(=かつてのように「前」へとうまく進めない)であり、津乃田は画面を"右"から"左"へ/"左"から"右"へ(=「前」を向いて進めない若者の象徴?)と彷徨い走る。

小さな命を労る若者を袋叩きにしながら、傍目からは善良に生業を立てているかに見える労働者たち。そして「矯正」をされたことでかつてのように助けに出られない三上。仲間の顔に泥を塗ってはならないという思いと、目の前の仲間を助けられない思いが交錯し、その痛烈な葛藤の末にアパートで一人静かに命を落とす。その手に握られるは"純潔"を表す白いコスモス。閉められることのなかった部屋の「窓」の外に広がる曇ることなき青空が、嫌にシニカルに澄み渡っている。
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