Morohashi

花束みたいな恋をしたのMorohashiのレビュー・感想・評価

花束みたいな恋をした(2021年製作の映画)
4.5
オダギリジョーの雰囲気がすごい。ああいう人になりたい。

「女の子に花の名前を教わると…」というセリフは、いかにも坂元裕二らしい。
その他にも名言がたくさん。
「ひとりの寂しさより、ふたりの寂しさの方がよっぽど寂しい」
「好きで一緒にいるのに、なんで、お金ばっかりになるんだろって」
「好きかどうかが会ってないときに考えている時間の長さで決まるなら間違いなくそうで」
どれも本質的で、それでいてくどくなく、あっさりしてることもない、絶妙のセリフばかり。


◯花束みたいな恋とは?
タイトルとなっている「花束みたいな」という表現がどんなものか考えてみた。
私の解釈では、花束は遠くから見るときれいだけれど、近くで見ると自分の好きな花もそうでない花も混じっている。
花束みたいな恋というのはつまり、恋愛のはじまりから終わりまで通してみれば総じていい思い出だけれど、クローズアップして見るといいことも悪いこともあった、っていうことだと思う。

最後、かつての二人の姿をファミレスの隣の席で見た。どこで道を間違えたのか。そもそも二人が満足いくような道などなかったのか。

二人の恋のはじめのころ、若干気になっていたのは「親がめんどくさいんだよね」と嘆いた絹の言葉を受けるようにして、かなり簡単に同棲を決めたこと。そんな簡単に同棲しちゃうんだ、と驚いたけれど、これは私の考え方が古いのか?
私は同棲をしたことはないけれど、でも同棲しなくてよかったなと思った。

そして最後のほうの麦がゴネる感じ、わかるなぁ。ああやって延命治療というか、枯れそうな花束に無理に栄養を与えても、それはもう人工的な花でしかないんだよな。。


◯恋愛と仕事とお金と
この映画における大きな論点となるのが、恋愛と仕事の両立、そして仕事とお金の価値観の違いである。
お金はよくも悪くも人を変えてしまう力がある。
これを見てて思ったのは、男は結局のところ獲物を狩ることに喜びを覚える生き物なんだなっていうこと。
男はみんな、仕事をしてお金を稼いでみんなを養っていく、ともっともらしいことを口を揃えて言うけれど、要するに成功したいっていうことが大前提にあると思う。

そして絹が「好きなことだけして生きていく」と主張するけれど、これも結構あるセリフ。それは理想なんだって言う人、好きなことを仕事にしちゃいけないんだって言う人が一定数いるんだけれど、え?好きなことを仕事にしなくてどうすんの?と思う。
そんなイヤイヤ仕事して、それが大金を呼び込んで、大好きなことをする原動力になるならいいけど、そもそも先のような反論をする人は自分が何が好きなのかわかっていなかったりする。
好きなことを続けるために仕事をするっていうのはわかるけれど、じゃあいつ好きなことができるの?っていう疑問がある。アリとキリギリスみたいなもので。

そしてとても不思議なのは、なぜ自分が頑張っていると思うと、他人にも頑張りを強要するようになるのか?っていうこと。人は人でいいじゃん、と今なら思うけれど、昔他人に頑張りを強要してたときは、自分だけが不公平になっている感があったのかなと思う。
冒頭の、イヤホンのことを述べに行くシーンもそう。自分が満たされていないと思うと、満たされているヤツをほっとけない、という悲しさ。そして自分が満たされてないってことに気づいていないのがまた厄介。。
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