イベリー子豚

由宇子の天秤のイベリー子豚のレビュー・感想・評価

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
5.0
『街の上で』
『プロミシング・ヤング・ウーマン』
ここにきて個人的BEST OF 2021候補に
さらなるダークホースが……。



濃厚で濃密で鳩尾ドスン。

音楽もなく手持ちカメラにフィルムの質感、
流行りの背景をボヤかすエモ撮りではなく
観客が「由宇子」を対象にして
取材に同行している感覚に陥る映像作り。

ドキュメンタリーが苦手ですぐ飽きる僕でも
この密着感は目が離せませんでした。

実際にカメラワークも寄りのアップより引きの
背中越しや斜め後ろからの横顔が多く
かなり計算された構図だと驚きました。

BGMではなく遮光されたみすぼらしい部屋、
ガスの種火、目に刺さる夕陽など
光を使いこちらの感情を揺らがせてくる技術も
お見事。


そして何よりキャストが素晴らし過ぎました。

主人公の「由宇子」は今回脱ぎ場ナシで
とんでもない凄味と迫力を魅せた瀧内さん。

僕たちは彼女のフィルターから2つの事件を照らし出していくんですが……

これがとんでもない構造ですね。
主観と嘘だけでなくありがちな悪意や
損得勘定以外にも恐怖、偽善、保身までが
入り雑じり、真実を追及するにつれて
逆に「正義の沼」にハマっていくという……

「由宇子」が品行方正・清廉潔白・完全正義ウーマンじゃないところもグッときました。

ステレオタイプなマッチョな男社会で
タバコも吸うしガンとばす、納得いかなきゃ唾も吐く
、撮りたい題材は多少強引な手も使う。

そしてときには手を汚してでも誰かを護ろうと必死に
踠く。
ぶっきらぼうでキツい性格なのに生徒に慕われ、
取材相手から頼られ、馴染みの商店街でも人気者。
人間の描き方が本当に丁寧でさりげなく素敵です。
僕が『ミス・マルクス』に期待していた人物像でしたね。


その「由宇子」に肩を並べるインパクトを残す、
河合優美さん演じる「萌(メイ)」。
さすがです。
大人を信用しない伏し目がち、拒絶感、
「絶望的な告白」から気を許したときの人懐っこさ。
実写版の綾波レイですよ。ポワポワ。

三上愛さんや南沙良さん、中田青渚さんと同じく
CMやドラマでも活躍されはじめ、
この年代の若手のキラメキはとんでもないことになってますね。


さらに光石研さん!
もう光石さんと河合ちゃんが
揃ってクレジットされてるだけで
この作品の信頼度は観る前から分かってましたけども!!
今回は予告の段階で不穏な空気を出してましたが……

本作は重要な鍵を握る色んな立場の男たちが
「ノン・デリカシー、自己中心的、事なかれ主義」のオンパレードで、その代表格である
「由宇子」の父で塾長の研さんの
悪びれない・現状把握が出来てない形だけの反省は
本当に胸くそが悪かったです。

彼をはじめ、色んなタイプの「父親」が多く登場するのが印象的で「萌」の父親も
一口で毒親、モンスターと片付けられない
実に人間くさい人物になっています。

他にも共演の方は皆さん絶妙なバランスで
ゲロ吐いた制服を洗ってあげたり
パンに思いを託したり、サインで片棒担いだり……
ときに見える優しさと
残酷で容赦ない現実のギャップで胸掴まれまくり。



とにかく圧倒的なヒリつきと
「由宇子」と「傍観者である自分たち」の
《正義と真実と人間愛》の絶妙な釣り合いの
天秤がどう揺れるのか、何を選択するのか、
最後まで気を抜くことが出来ない
骨太でハイカロリーな傑作です。