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鬼火のdeenityのレビュー・感想・評価

鬼火(1963年製作の映画)
3.0
「僕は死ぬ。
 君らは僕を愛さなかったし、
 僕も君らを愛さなかったから
 僕らの関係は元へ戻らないから
 僕は君らに消えることのない疵を残すだろう。」

こんな言葉を残してこの世を去っていく男。その死までの48時間を描いた作品。
アルコール依存の治療で病院に療養中のアラン。もうすでに治療は完了していると言われているにも関わらず、外の世界へ踏み出す勇気を持てないでいる。彼が何に絶望していて、そしてなぜそうなってしまっているのかもわからない。ただアランは絶望していて、生きる意味を見出せず、死ぬ前に今まで関わっていた人に会いに行く。非常に叙情的でありながらも、実に淡々としたストーリーだった。

正直感情をどこへ持っていっていいかわからなかった。とにかく病んでいて、死を見つめていて、重いというよりはむしろ諦めている分軽いというか、そんな感じ。だから誰と会っても虚しく、見ているもの全てが遠い世界のものに見えてしまう。カフェテラスでのシーンが印象的。そばに人はいるのに、ぽかんとそこに一人浮かんでいるかのように錯覚してしまうような虚しさがあった。

死ぬ間際に残したメッセージ。僕は愛さなかったとあるが、僕のように愛してくれなかったというのも彼の心にはあって、現実的に平等な愛など難しいにも関わらず、彼の求めるものには誰も達しなかったのだろうなと思う。でもそれは周りが悪いわけではなく、彼の感性が鋭敏過ぎたためでもあるだろう。病室内をうろつきながら、いろんな物に対して愛しそうに見つめたり、触れたりするアランが印象的。たぶんそんな風に思ってもらいたかったんだろうなって思うと切なくもある。

ストーリーは静かに染み込むようなものであって好みは分かれると思う。ただあのピアノのBGMは至高。彼の心境をまるで奏でているかのようなあのメロディーは聴き惚れる。
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