サマセット7

事故物件 恐い間取りのサマセット7のレビュー・感想・評価

事故物件 恐い間取り(2020年製作の映画)
2.5
監督は「リング」「仄暗い水の底から」の中田秀夫。
主演は「ジョーカー・ゲーム」「PとJK」の亀梨和也。
原作は「事故物件住みます芸人」松原タニシの同名のノンフィクション書籍。

[あらすじ]
売れない芸人の山野ヤマメ(亀梨和也)は、相方の、中井(瀬戸康史)からコンビ解消を告げられ仕事がない中、事故物件に住んで、何か変わった映像が撮れたら番組に出演できる、という企画をやらされる。
一軒目の事故物件で、ヤマメは奇怪な映像を撮ることに成功し、出演に成功。
その後も霊感を持った女性梓(奈緒)の助けを借りて、次々に事故物件を渡り歩いては、奇妙な体験をしていく。
ヤマネは事故物件の体験をネタに、人気を獲得するが…。

[情報]
2020年に公開されて、23億円を超える、日本のホラー映画史上最大の興収を叩き出した作品。

原作者の事故物件住みます芸人松原タニシ氏は、2012年、「北野誠のおまえら行くな」の番組内企画で事故物件に住むことになったことをきっかけに、次々と事故物件を渡り歩くようになる。
2018年には、「事故物件-怖い間取り」のタイトルで、間取り付きで自分が住んだ事故物件を紹介し、事故物件にまつわる実話怪談をまとめた書籍の第一巻を発刊。
今作は、この書籍をネタ元に製作されたホラー映画である。
なお、今作の公開の1ヶ月前には、原作本の第二巻が発刊されている。
ゴリゴリに計算されたメディアミックス作品である。

監督の中田秀夫は、「リング」「リング2」「仄暗い水の底から」の監督を務めた、90年代から00年代に隆盛したJホラーの中心人物の1人。
Jホラーは、日本人に最適化された、ジメジメした怖さの演出を特徴に、一世を風靡した。
しかし、00年代後半から以降、「Jホラー」を称する作品は粗製濫造され、中田秀夫監督の作品も酷評にさらされることになる。

中田秀夫監督は、芸人の体験記を原作とする今作の製作にあたり、「ITそれが見えたら終わり」などの洋画ホラーが持つエンタメ性を取り入れた、と述べており、Jホラーとエンタメの融合たる新機軸を目指した、という。

今作は、「リング2」で中田秀夫自身が打ち立てた、邦画ホラーの興収記録を塗り替えた。
他方で、映画としての評価は、私が見る限り高くなく、酷評も目立つ。

[見どころ]
Jホラー、といっても怖さの演出はかなりマイルドなため、ホラーが苦手な人でも子供向けお化け屋敷的エンタメ感覚で見られる。
事故物件住みます芸人を追いかけているファンは、原作のエピソードが多く映像化されているので、原作のお供に、あるいは原作を読む代わりに今作を見ると良いかも知れない。
ホラーとエンタメの融合を目指す、ポストJホラーの実験的作品、と捉えて、監督の試行錯誤を想像すると何とか興味深く観られる、か。
一番面白いのは、なぜ「この」作品がヒットしたのか、考察することかも知れない。

[感想]
真面目に論評するタイプの映画ではない。
いわゆるポップコーンムービーである。

今作は芸人のドラマ部分やヤマメと梓の関係性描写などにそこそこ力を入れており、冒頭からかなりの時間、ホラー演出が絡んでこない。
亀梨和也と瀬戸康史の冒頭の漫才など、何を見せられているのか、と暗澹たる気分にさせられ、逆に新鮮である。

事故物件に住みはじめ、ようやく本番スタート。
恐怖演出は、中田秀夫監督が手癖で作った、という感じ。
それでも中盤までのホラーシーンは、一応Jホラーっぽい形になるのは、さすが、というべきか。
原作と比較すると、物件の再現性に驚く、というあたりは、原作者のファン向けサービスか。

事故物件エピソードの間に挟まれるドラマ部分は、ヤマメがより芸人として注目を集めるために、危険な事故物件に移り住んでいき、ヤマメを慕う梓の霊感を利用していく様を描く。
この辺り、はっきりとヤマメはクズなのだが、原作者的にはOKなのだろうか?

とにかく登場人物に共感できないまま、終盤のクライマックスに突入するが、クライマックスでは完全にお子様向けエンタメお化け映画と化する。
クライマックスの演出は特にホラー好きから酷評を集めているようだが、明らかに作り手はわざとやっている。
「本当に怖い映画」など、劇場に足を運んでくれるサイレントマジョリティ(=ターゲット層)は誰も求めてないんだよ!!!!
という、監督の達観が窺える。
真の恐怖を追究した在りし日のJホラー・ムーブメントは、今作の歴代興収一位の塗り替えにより、正式に死んだ、と言ってよいかもしれない。

今作を従来の基準で測ると、ホラー映画としても、エンタメ作品としても、凡庸以下の作品、となる。
では、なぜ、今作は日本のホラー映画史上最大の興収を叩き出したのか。
それこそが、今作の最大のミステリーである。

ジャニーズの亀梨和也の人気にまずは目が行くが、似たような座組の作品でも興収的にコケた例はあり、彼の存在だけでは説明にならない。

まずは、2020年前半に始まったコロナ禍が原因と考えられる。
コロナのせいで、映画館に年配者やファミリー層が行きにくくなった。
その間、映画館を支えたのは、コロナで重体になりにくい、とされた若者層であった。
若者層をターゲットとする映画として、今作のような、程良い怖さのエンタメ的ホラー映画が肝試し感覚で劇場に行くのに、「ちょうど良かった」。
他のファミリー向け作品や大作が公開を見送る中、今作は上映館や上映回数を伸ばした、のではないか。
同じ傾向は、同年のホラーのヒット作清水崇監督の「犬鳴村」にも言えようか。

また、今作の題材のキャッチーさも人気の理由であろう。
〇〇芸人、の名前が広く受け入れられたのは、2003年から放送されているテレビ番組アメトークからだが、SNS時代で芸人が独自の個人メディアを持てるようになり、より多様な個性を発揮しやすくなった。
他方で、「事故物件」も、大島てるのサイトなどで広く知られるようになった。

原作者は、こうした時代の流れの中、事故物件に住んだ芸人がどうなるか、という観客の好奇心を上手くとらえ、メディアミックスを的確に用いて効率的にリーチした。
今作の興収的成功は、作品の内容云々よりも、原作者のアイデアと戦略の勝利、ととらえるのがしっくり来る。

いずれにせよ、私が今作から得た教訓は、興収で見る映画を決めるのは、やめておこう、ということだ。

[テーマ考]
ホラー映画のテーマは、怖いか、怖くないかだ!と言いたいところだが、今作のテーマは明らかにそこにはない。
今作の作り手のテーマは、ホラーをいかにエンタメに落とし込むか、にある。
その成否はともかく、今作からは苦心の結果が観られる。

今作では、自らの霊的な危険を顧みず、自分を慕う女性を利用し、犠牲にして、自分の世俗的な成功のために、事故物件の深みにはまっていく主人公が描かれる。
その結果、主人公に訪れる終盤の危機に照らすと、今作は霊障を食い物として、消費することへの自己批判、とも読める。

今作の主人公はさすがに懲りた様子だが、原作者は引き続き事故物件を渡り歩いている、とクレジットで明かされる(その結果、なんだかモヤっとした気持ちにさせられる)。

心霊のエンタメ化を押し進め、怖がる対象というより、楽しむ対象として消費する今作は、現代の極まった消費文化の危うさを示唆する、と考えるのは、深読みが過ぎるだろうか。

[まとめ]
日本のホラー映画の歴代興収記録を塗り替えた、芸人の体験記を原作とする、令和のエンタメ×Jホラーの大ヒット作。

似たような題材を扱った2015年の「残穢・住んではいけない部屋」と今作を比較対照してみるのも、面白いかもしれない。
あちらは、真っ当に恐い作品であった。
「残穢」の法則に想いを馳せると、今作の原作者の健康を祈りたくなる。