keith中村

RUN/ランのkeith中村のレビュー・感想・評価

RUN/ラン(2020年製作の映画)
4.8
 劇中で、映画館にかかっている作品のタイトルが「BREAKOUT」。
 このタイトルの作品は複数あるし、どれか特定できないんだけれど(というか、どれもクレジットされてなかったんで、架空の映画という設定かもしれないが)、文字通り「脱出」なんで、非常に自己言及的ですね。

 ちなみに、マーキーには「近日公開・FAKE NEWS」とも書いてあったけど、これはエリック・ロバーツ主演の2017年作品でしょうか。
(この年代の作品を中心に掛けてる映画館だとするなら、「BREAKOUT」は「ブレンダン・フレイザー 追撃者(2013)」かもしれないですね)
 「FAKE NEWS」が意味するのは、ママの心の叫びかな。
 「クロエちゃん。あなたが第三幕で発見する新聞報道は嘘なのよ」みたいな。
 
 ママとクロエちゃんの智慧比べかと思って観てたんだけど、実は監督さんと観客である私との智慧比べになっていて、クロエちゃんは勝ったけど、私はすっかり負けてしまいました。
 いや~、参った。面白かった!
 
 本作は、とにかく演出が見事ですね。
 まずは、情報を小出しにする塩梅が巧み。それに、「ピンチ→解決」や、「助かった→いやいやいや、助かってない」のテンポやリズムも心地いい。
 「薬局に電話してるんだな~」→「ええっ?! 予行演習? ってか、狂ってる?!」とか、かなり怖いし、書きかけたメールを、Back spaceキーの連打で消去するところなんか、普通はBack spaceキーか画面を映しますよ。
 本作では、PCの背面からのショットに「カタカタカタカタ」って連打する効果音を入れてるだけなのに、「書きかけたメールを消してる」ってことがよくわかる。
 観客を馬鹿と思ってない。観客のリテラシーを信頼してくれてる。
 ちなみに、そのメールの宛先は「カサビアン医師」ですが、プロデューサーがナタリー・カサビアンさんですね。内輪ギャグなのかな?
 
 第三幕に入ったところで、真相が明かされるわけですが、すっかり騙された。
 ここで本作は、とんでもないジャンルシフトを遂げるというか、「その設定は、最近ちょいちょいあるけど(キャプテン・マーベルがThe Roomに監禁される奴とか、ルーク・スカイウォーカーに騙されてる、なんちゃらリー・ベアとか、そういうチェンジリングなところ)、この映画がそうだとは、全然想像してなかったわ!」ってところが最高でした。
 すでに何百年、いや、何千年、物語が語りつくされて、まったく新しい物語を作るのが「無理ゲー」な現代においても、順列組み合わせ次第では目新しい物語を語ることができるでしょ? 無理ゲーなんて諦めたらダメでしょ? っていう作り手の矜持を礼賛します。
 
 「無理ゲー」といえば、クロエちゃん頑張ったね。「こ~の支配からの、逃走~♪(尾崎豊で脳内再生してください)」ってホラーは何百もあるけれど、これくらい勝ち目のない主役も珍しい。
 ただね。クロエちゃんは、リケ女なんだ。半田づけ女子なんだ。ギャル電なんだ。頭いいんだ。この設定が最高!
 中盤の、「幽閉からの屋根伝いの脱出」も、別にあんな面倒な手続きを踏まなくっても、「なんか鈍器持っていって窓ガラスに投げる」で済むんだけれど、わざわざ「リケ女的解決」として描いてるところが大好き!
 
 ほぼ満点にしてもいいと思うんですが、やや点数をさっ引いたのは、本作はクロエちゃんの一人称で通しても全然成立するのに、ちょいちょいクロエが知り得ない母親側の視点が入ってきたところ。
 特に、「ママも昔はアビュースされてた」ってシャワーシーンとか、なくっても成立するじゃないですか?
 クロエちゃんとおんなじ視点だけで、おんなじようにドライヴさせてくれたほうが、楽しめた(怖がれた)という気もしました。
 
 本作で、最高に怖かったのは、エンドロール終盤で表示されるアニーシュ・チャガンティ監督の献辞。
 「本作の監督は、私自身の母親、サブハ・チャンガティに特別の想いを込めて謝辞を贈ります」って皮肉いっぱいに書かれてるの!
 なんなん?!
 アニーシュ・チャガンティ監督、マジでこんな毒親に育てられたん?!