keith中村

空白のkeith中村のレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
5.0
 観てるこっちの居心地が悪くなる作品ばっかり撮り続けている吉田恵輔監督最新作。
 あ~。吉田作品の中でもトップクラスにしんどい作品(=傑作)だった~。
 
 本日、仕事終わりに時間のあう映画を劇場のサイトで探してたらこれを見つけて、「ん? 『空白』。知らんな。どんな作品だ?」と作品紹介ページを開いた。
 私、作品紹介って、まず「視野見(by勝手に震えてろ!)」するんですわ。いきなりばっと文章見ると、観る前に知らなくてもいい情報を読んじゃう可能性もあるから。だから、視野見からだんだん視界を中央に移していく。
 そしたら、本作では吉田恵輔と古田新太の名前だけがちらっと目に入って、「あ、吉田恵輔作品ね。じゃ、無条件に信頼出来るからこれ以上読まずに予約しよう」ってなりました。
 
 帰ってきて、ユナイテッド・シネマの作品紹介をちゃんと読むといきなり一文目に、「絶対知らずに見たほうがいい情報」がありました。読まずに観てよかった。
 予告も見てなかったことが、幸いしました。後で見たら、たった8秒でそれが出てくるんだもん。
 本作を未見の人に勧める場合、第一幕の「あの出来事」を説明しないでおくのは無理ですよね。
 それこそ、「ジョーズ」を人に勧める時に「鮫」と言わないのが無理なのと同じくらいに。
 
 でも、今日の私は「あの出来事」を知らずに観ることができた。
 だからね。もうね。滅茶苦茶びっくりしましたよ。
 
 フィルマのレビューって皆さん、映画を観てから読むでしょ? もしくは、本作の予告くらいはご覧になってるでしょ?
 だから、「あの出来事」は今から書いちゃいますね。
 何にも知りたくない人は、こんなの読まずに明日劇場に行ってください!
 
 ここから先は、観てる間の、私の意識の流れを書きます。

 古田新太と藤原季節だ~。
 ちょっと「魚影の群れ」っぽいのかな~。あ、違うか。
 視点が変わった。ん? この女の子誰だっけ? 絶対見たことある。
 あっ、「湯を沸かすほど~」の鮎子ちゃんじゃん。
 ひゃ~。大きくなってる~! 「湯を~」って、ついこないだの映画だと思ってたのに。
 そうか、この子(伊東蒼ちゃんですね。覚えてなかったけど、エンドロールで思い出した)が実質上の主演なんだ。
 なるほど、古田さんの娘役ってことね。
(このあたり、すでに親戚の子を見るくらいの、応援したい気持ちになってます)
 またシーンが変わった。
 おお、松坂桃李も出てるんだ。寺島しのぶもね、うん。
 あっ、走った。
 スピード感凄い。あと、長え。結構走るね。
 あっ、そこで追いつくのね。
 こういうシーンの終止形っていっつも肩を摑まれて、コケるんでしょ。コケる撮影って擦りむいたり、結構危険だよね。ちゃんと安全な撮り方してるかな?
 って、コケないじゃん! ええええっ!(←椅子から飛び上がった)
 そっちいいいっ?!
 あっあっ、血流れてる。めっちゃ怖い撮り方してる。まずいまずい! いや、この子まずいって!
 って! ええええええええっ!(←さっきより3センチ高く椅子から飛び上がった)
 嘘嘘嘘嘘! そうなるの?!
 
 久しぶりに、トラウマ級の映画体験しました。
 これ、残るわ。俺の中で、ずっと残り続けるわ。
 「主役だと思ってたのにBANG!」というショックは、「サイコ」あたりから始まってるんだろうし、「ザ・ハント」のレビューで、類似する映画をいろいろ書いたけれど、そっちは全部ジャンル映画なんですよ。
 だから、瞬間的には「あ~、びっくりした~」ってなるけれど、秒で復帰できる。
 何となれば、ホラーを代表とするジャンル映画では、その人物に感情移入させないもの。
 でも、本作は「湯を~」でも滅茶苦茶感情移入して、泣かされまくった伊東蒼ちゃんですよ。
 ほんっとにね、「絶対に起こってはならない、とんでもない惨事」の現場に立ち会った気分。
 誇張抜きに、知り合いの子供が死んじゃったくらいのショックでした。
(俺、子供いないけど、親の立場の人が見たら、俺どころじゃなく喰らうんじゃないかな……)
 
 えっと。
 一応断っとくと、ずっと本作を褒めてますよ。
 吉田恵輔、凄いです。
 ただ、吉田監督に多いのは、「うひゃ~! これ、わかる~。居心地悪ぅ~!」と、身悶えしながらも、ちょっと客観的にニヤニヤできる作品や演出じゃないですか。
 だから、ここまで取り返しのつかない事態が起こるのって、全く予想してなかった。
 今思い出しても後味が悪すぎるんだけれど、それだけ強烈に映画を楽しめたってことなんです。
 
 このシーンで、吉田恵輔のタチが悪いところは、二段構えにしてるところ。
 ほら。人物が車道に出てるところに、左から自動車がやってきてドーンッ! をワンカットで見せるのって、もう完全にCG時代の定番になりましたよね。
 これを発明したのは、「ファイナル・デスティネーション」でしたね。
 あれのメイキングだっけ? 試写かなんかの客席を、暗視カメラで撮ってる映像があるんです。
 アメリカ人の、「右手にコーラ、左手にポップコーン」な観客が、例のシーンで一斉に椅子から飛び上がる。
 んでもって、ポップコーンがブワッって空中にぶちまけられる。
 この客席映像、滅茶苦茶笑えますよ。
 もちろん、私も初見では同じく椅子から飛び上がったけどね。
 
 映画の表現技法って、発明から100年以上経っても、そうやっていくらでも新発明があるところが素晴らしいことです。
 21世紀に入っても、「ファイナル~」とか、「マトリックス」のバレット・タイムとか、それこそ「ヒッチコック・ズーム」みたいに「標準技法」になる技法がどんどん作られる。
(「ファイナル~」は2000年で、「マトリックス」が1999年なんで、発明としては20世紀最晩年なんだけれど、定着してくのが21世紀ですね)
 
 「ファイナル~」の「バーン!」は、それこそ、その後観た数本のフォロアー映画でも、まんまと椅子から飛び上がった。
 で、心の中で、「チッ。また、これに驚かされちゃったよ!」と舌打ちしたもんですが、あまりに濫用されるので、最近ではその空気になると、「またあれでしょ? 左から車くるでしょ? ほーら、やっぱり!」と先読みできるようになってきますよね。
 余談ですが、あれ、いっつも車が左から来ますよね? 右から来たのを見た印象がない。視覚的にとか心理的に「左から来る方が効果的だ」みたいな研究結果でもあるのかしら。それとも、みんな「ファイナル~」に倣ってるのかしら。
 
 何の話でした?
 そうそう。二段構え。
 本作も「ファイナル・バーン!」(←もう、勝手に用語にしてみた)だったら、ここまでショックではなかったはずなんです。
 でも、そうじゃなかった。はねちゃったほうの女性も映る(この人も、劇中で後にね……)。
 で、伊東蒼ちゃんは道路で「ゆらゆら」してる。意識が混沌としてるんでしょうね。頭からも血が流れてる。
「え? どういう展開? 大丈夫なの?」
 と脳内で警報が鳴りまくってる。松坂桃李が助けに行こうと歩みだす。
 で、二発目ドーン! じゃないですか。
 
 ジャンル映画だったら、秒で脳内を冷静に戻せるんです。
 特にホラー映画なら、「ヒヒっ! 悪趣味だな~」と笑うことさえできるんです。
 でも、今日は喰らった。マジ、喰らった。
 半世紀以上生きてきて、現実でも映画でも、少々のことでは驚かなくなってる自分が、これほど「取り返しのつかない事態」を目の当たりにしたショックに慄然としてる。
 
 あのね、皆さん。
 今日も例によって、焼酎を煽りながらレビューしてるんです。
 でも、全然酔いが回ってこない。
 いまだにそれくらいショックを受けてる。
 
 繰り返しますが、褒めてますよ。
 吉田恵輔監督、凄いです。
 
 ちょっと、話を変えましょう。
 役者さんたち、みなさん素晴らしかったですね。
 公式サイトやWikipediaに載ってる俳優さんたち、みんなほんとに凄かった。
(片岡礼子と古田新太の向き合うシーンとか、もう堪らない)
 あと、さっき書いた二段構えのうち、「一段目」のドライバーの女性。
 お名前なんていう女優さんでしたっけ。ちょくちょく見ますよね(名前存じ上げなくてごめんなさい。誰か教えてください)。眼がキョロっとした、劇中の片岡礼子さんの言葉を借りると「いっつも笑ってる」タイプの女優さん)。
 この方も凄い。
 車で跳ねたときもそうだし、警察の事情聴取、古田新太に謝罪に行くところ、それから……。
 
 この映画って、吉田恵輔監督作品なのに、全然ニヤニヤできない。
 だのにね。また吉田監督のタチの悪いところが、第三幕に入ると、ちょいちょい笑いどころを入れてくるんですわ。
 「いや、笑えねーわ! 今、全然ニヤニヤする気分じゃねーわ!」なんて、思っちゃう。
 そしたら、それが「笑いどころ」じゃない、古田さんのラストシーンへの伏線だったって後でわかるんですわな。
 そりゃ、古田新太も泣くし、私も泣きますわ。ってか、今日のユナイテッド・シネマ、「つ離れしない」客数だったけど、全員泣いてたわ!
(「つ離れしない」って、10人未満って意味です。「一つ、二つ、三つと数えて、九つ、『とお』」と、9以下は「つ」が付くけど、10からは「つ」が付かない。だから入りが悪いことを「つ離れしない」と言います。寄席の用語です)←以上、余分な解説でした。
 
 そのひとつ前の松坂桃李のほうにも「ちょっとした光明が見えるシーン」から、すでに泣かされてるんだけどね。
 あの、弁当を食べてる桃李くんに話しかけてくる役者さんもよかった。
 劇中でも、何度か「その手の興味本位の心無いキャラ」を登場させてるし、あの脇役さんもそうでしょ、と松坂桃李と同じ気持ちで身構えちゃうんだけれど、この若者、実にいい奴なんだわ。
 私まで泣きながら「ありがとう」って言っちゃった。
 
 そういえば、本作は1カットもフィックスがありませんでしたね。
 ずっと手持ちカメラが揺れてるの。
 さすがに、テレビのフレームを抜いたニュース映像だけはフィックスだったけど。
(でも、終盤の食べ物屋さんでのテレビのニュースは手持ちでした)
 
 序盤で手持ちに気づいたので、私がはじめのほうに思ったのは、この作品って「全部手持ちで行くのかな」、それとも「ここぞというところだけフィックスにするのかな」ってこと。
 しかし、結局ずーっと手持ちなんで、「じゃあ、フィックスになるとしたら、ラストショットだな」と予測して見てたんです。
 でもね。実際ラストショットが映ったとき、もうこっちだって視界がぼやけてるんです。で、視界がぐらぐらしてるんです。
 だから、結局ラストショットがフィックスだったかどうか、そんな冷静な気持ちじゃなかったんで、憶えてないや。
 その最後の瞬間、古田新太パパに「安定」が訪れてたらいいね。
 
 場数だけは踏んでる映画ファンのタチの悪さで、エンドロールの黒味に入った瞬間に、「あっ、見逃した! 今フィックスだったっけ?!」って泣きながらも脳内の3割くらいで考えちゃった。
 「Wの悲劇」で世良公則が言うじゃん。演じてる役者と、それを冷静に見て駄目だししてる「もうひとりの自分」と付き合う葛藤をさ。
 なんの生産もせず、ただ観て、消費してるだけの俺たちだって、その「冷静な自分」と「没入してる自分」との付き合い方に葛藤してるんだよ!
 
 今日で9月も終わり。
 去年は毎月10本以上劇場で観てたけど(「つ離れ」してる本数ね)、今年は本作で初めて「つ離れ」できたわ。うん、よかった。
 あと、家で観たのも含めると、今月はこれできっかり90本。
 明日2021年10月1日から(あと20分で明日です)、緊急事態宣言解除!
 明日からも観るぞぉ~~~っ!

 明日からそれこそ「死んでる暇はない!」が公開されるもんね!😁