亘

ハッピー・オールド・イヤーの亘のレビュー・感想・評価

3.8
【清算するもの/しないもの】
タイ・バンコク。デザイナーのジーンは、自分のオフィスを整備するにあたり物を断捨離しようとする。彼女はスウェーデン留学でミニマリズムに影響を受け、無駄なものを捨てようと決めたのだ。しかし親友ピンクからのプレゼントを捨てようとしたことから、物を捨てずに元の持ち主に返そうとし始め自分の過去に向き合い始める。

「断捨離」をテーマに人・過去との向き合い方を描いた作品。本作のジーンは当初何が何でも物を捨てミニマリストを目指そうとする。周囲が見えていなくて声も聴かないその姿は過激派とでも言いたくなるけれども、すぐに不貞腐れるし、若さゆえの痛々しさ・とげとげしさを感じられた。だからこそジーンの周囲の親友ピンクやミー、兄ジェーのやさしさが温かいしジーンの変化を強く感じる。

[断捨離]
デザイナーのジーンは、自宅の一階で父がかつて営んでいた音楽教室をオフィスに改装しようとする。彼女の理想は留学先のスウェーデンで学んだシンプルな部屋。さらには日本人のこんまりにも影響を受けて物を断捨離しようとする。しかし母親からは反対されてしまう。成績表だろうが元彼との思い出の品だろうが順調に捨てていく。

[見直し]
それでも親友ピンクとのやり取りから彼女は見直しを迫られる。ピンクからのプレゼントのCDを「CDは時代遅れ」と捨てようとしていたのだ。そこから彼女は手元にある友人のものを返しに行くことにする。友人の中には彼女を受け入れる人も多かったけれど、中には物を返さない彼女に怒る人もいた。彼女は自分の都合ばかり考えて、人の気持ちや情を考えていなかったのだ。

[過去に対面すること]
返却の中で最も大きな事件は元彼エイムとの再会だろう。これは単なる物の返却ではなく、過去との対面だった。彼女はスウェーデン留学以降全くエイムに連絡を取っていなかった。彼女は別れを切り出す勇気がなく「私が悪いわけじゃない」としてそのままブロックしていたのだ。とはいえ彼女は罪悪感にふたをして生きてきた。しかしエイムが怒らなかったことから彼女は暗い過去との対面を始める。

とはいえエイムとの思い出は楽しかったわけだし、自分のかつてとった写真によって友人夫婦を喜ばせることができた。徐々に彼女は過去や思い出の良さに目覚めていく。

[忘れること]
過去との対面を経て思い出や情に目覚めた彼女にもう1つ大きな転機:父親のピアノとの対峙が訪れる。父親はかつて家族を捨てて出て行ったが、母も兄も父親の想いを信じていた。特に兄は幼いころに撮った、父との何気ない写真を大切にしていたのだった。情を思い出したジーンにとってもピアノの処遇が迷いどころ。しかし決心して電話したジーンに父がかけた言葉は非情なものだった。父は家族を捨てたのだ。そうして彼女は父をあきらめ、泣く泣く父のピアノを売ることに決める。

またエイムとのやり取りからジーンは考え直す。エイムは「不要になったから」ということで新しい彼女ミーを捨てる。エイムがそんなことをいうのは、断捨離に目覚めたジーンが「不要なものを捨てて大事な物を残す」といったから。ジーンは過去の無礼を謝って清算したと思っていたが、そんなことはなかった。ジーンは自分の感じる罪悪感を謝罪で解消したと思っていただけだったのだ。とげとげしていた彼女にしてみれば他人の事は言えないのかもしれない。そうしてすべての過去に対面しようとしていた彼女にエイムは「忘れて前進する」ことを教える。時には忘れることも必要なのだ。

[再出発]
嫌な過去は忘れるため、彼女は改めて断捨離を再開。ついに空っぽになった部屋を眺めるシーンで本作は終わる。彼女が涙を流す様子は印象的だけど、これは冒頭の彼女からは想像できないこと。もしかしたら空っぽの部屋を見て自分のアイデンティティともいえる過去ががなくなったと感じているのかもしれない。ただ、「過去と向き合うことと忘れること」「情と非情」「捨てるものと捨てないもの」簡単に分けられない対極を知ったことで彼女は過去の積み重ねである現在の自分に向き合った。成長した彼女は未来へと力強く前進するのかもしれない。

印象に残ったシーン:ジーンがごみ袋に埋もれるシーン。ジーンが空っぽの部屋を見て泣くラストシーン。
亘