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100日間生きたワニのBellのレビュー・感想・評価

100日間生きたワニ(2021年製作の映画)
5.0
この作品は、2019年の12月から2020年の3月まで、Twitterで毎日連載されていた4コマ漫画『100日後に死ぬワニ』のアニメ映画化です。

私は初期の方から連載を読んでいたので、段々と主人公のワニくんに感情移入してしまい、彼の何気ない日常を微笑ましく見守ると同時に、毎日、刻々と「死ぬまであと●●日」とカウントダウンされていくのが、とても切なかった思い出があります。
そして、書籍版も購入しました。

ネットでも読めますが、「本」という形で手元に置いておきたい・・・そんな物語でした。

今回、映画化されるにあたり、タイトルが『100日後に死ぬワニ』から、『100日間生きたワニ』に変更されましたが、映画を見ると、その変更点に「なるほど!」と納得のいく構成になっていたと思います。

漫画の連載終了後、ネット上で色々と話題になりましたし、また、原作の漫画を読んでいるか否かでも感じ方は異なりますし、今回の映画についても、評価は賛否あるようですが、私は不満点も無く、とても愛おしい作品、良い作品だと思いました。面白かったですよ。


漫画を読んでいる人なら、既に知っていることですが、原作では、ワニが死ぬ100日前から、「死ぬまであと●●日」とカウントダウンされていき、そして、100日後にワニが死ぬことにより最終回を迎えます。

映画では、どういう構成でワニの死と、その後の残された友人達が描かれるのかなぁというのが、一番の気になったポイントだったのですが、冒頭のシーンが「あのお花見」のシーンで!

最初から、「なんとっ!!」と驚きました。

まず、いの一番、冒頭にそのシーンが描かれ、そして「100日前」と、物語の時間は遡り、ワニとその仲間達の日常が綴られて行くという展開でした。

ということは、作品世界・・・つまりネズミやモグラ達が生きているのは、もう「ワニのいなくなった世界」なのですよね。

そして、過去の出来事として100日前からのワニとのエピソードが描かれる。

なるほど、だから、「100日後に死ぬ」ではなくて「100日間生きた」ワニなんだなぁと、タイトルの変更点が心の中にストンと嵌まりました。



という訳で。

映画の前半はワニが生きていた100日間。後半が、残された友人達の日々、という作りになっています。

前半は、ほぼ原作通りな展開で、私自身も、連載を毎日読んでいた当時を思い出すような懐かしさを感じながら見ていました。

イラストも、キャラの動きも、それぞれのエピソードも、元が4コマ漫画であることをちゃんと感じさせる作りになっていて。映画を見ているようでもあり、4コマ漫画を読んでいるようでもある・・・そんな感覚になったのも面白かったです。

そして、描かれるエピソードも、地味と言われればそうかもしれませんが、ごく普通のささやかな出来事ばかりです。

バイト、友人との何気ない会話、食事、ゲーム、田舎にいる両親との電話、そして、恋愛。

一般的に「映画」という世界に見られる、ドキドキハラハラな大冒険も、血も凍るようなミステリーも、ロミオとジュリエット級の大ロマンスもありません。

ごく平凡な毎日、ささやかだけど、楽しいこと、幸せなこと。

でも、だからこそ、ワニ達の世界は、私達自身が生きるこの世界のように感じられるのです。

私達が日々営んでいる、平凡だけど、笑ったり、泣いたり、怒ったりしながら、なんだかんだで楽しんでいる日常に、彼らの世界が繋がっているような感覚。

またこの作品、登場人物に名前が無いのですよね。

映画のキャスト欄にも、ワニとか、ネズミとか、モグラとか。あるいは、センパイとかバイトちゃんとかでしか表記されていません。

物語中でも名前は出て来ないし、「センパイ」とか「バイトちゃん」と呼んだり呼ばれたり。

4コマ漫画の連載を読んでいた時から感じていたのですが、登場人物に名前がないこともまた、彼らは私達自身であるかのように思えるポイントでした。

自分は、時にワニだったり、時にネズミだったりと、この物語の中の誰かに当てはまるのではないかなぁと。

なので、動物として描かれているけれども、この物語は、そのまま人間の世界に当てはめられるし、登場人物が自分自身のようでもあり、とても身近な世界に感じられました。

更に、キャラクター達が動いて喋るアニメになることにより、より一層、自分達と共通の世界のように思えるようになったのです。

そんな身近に感じられる愛おしさを抱かせつつ、前半パートは淡々と、それていて、日々楽しそうに進んでいきます。

すると、ワニの運命を知っている身としては、「このまま時間が止まればいいのに。ワニが死ぬ日が来なければいいのに」と感じるようになるのですよね・・・これは、毎日、原作を読んでいた時も同じ気持ちでした。
それでも、刻々と日にちは進んでいく。
こういう所も、私達の世界と同じですよね。


そして、「あのお花見」の日が来ます。


「あのお花見」の日に満開の花を咲かせていた桜。その花が葉に変わり、今度は「100日後」。

後半は、ワニの居なくなった世界。そして、この映画オリジナルの後半のストーリーこそが、タイトルの「100日間生きたワニ」の意味を強く感じたポイントでもありました。

季節は梅雨。
多い雨の描写は、まるで、残された友人達の心の中そのもののように見えます。
ワニは一切出て来ないし、残された友人達もワニについては全然語りません。寧ろ、疎遠になっている感じ。

それなのに!!

この後半の凄い所は、ワニが全く居ないにも関わらず、シーン、シーン、描写のひとつひとつに「ワニ」を感じさせられるところなのですよ。

姿も出ないし、名前も出ないのに、そこにワニが居るように感じたり、ワニの居た名残を感じるというか。

まだ1回しか鑑賞していませんが、後半のシーンひとつひとつで「ワニくん探し」が出来そうな作りだったと思います。

例えば、ネズミの部屋に沢山溜まっていたカップラーメンのゴミを見ると、ワニと一緒に死ぬまで100回1000回啜れると言っていたラーメン屋さんに行かなくなったんだなぁ(閉店もしてましたし・・・ね。そこもまた切ないポイント)って想像したり。また、埃の積もったゲームのコントローラーは遊ぶ人の居なくなったことを思い出させます。また、ラストの方では、ネズミのバイクのキーホルダーが三人お揃いでワニから貰ったタコに変わっていました。
はたまた、ワニの彼女が行った映画館で、ポップコーンをひっくり返すカップルが居て、初デートを思い出したり。
バスケットのゴールで遊んでいる3人組の子供達が居たり。

物に、誰かの行動に、描写に、そこかしこに、ワニの名残を感じるのですよね。

それなのに、友人達は誰一人としてワニのことは口に出さない・・・そもそも、交流も減ってしまっている。

そんなぎこちない雰囲気に、まだ、彼らの時間が止まったままなのを強く感じました。

そしてそして、更にワニを思い出させるのが、映画のオリジナルキャラクターのカエルの登場。

ちょうど季節も梅雨でしたしね。

雨と同時にやってきた、ワニとどことなく後ろ姿が似ているカエル。

後ろ姿が映る度に、そこにワニがいるよう感じましたし、それは、ネズミやモグラ、センパイ達も同じだったと思います。

でも、後ろ姿は似ているけど、性格はワニとは真逆なカエル。

正直、鬱陶しい・・・いやいや、もう、ウザイレベルの空気の読めなさで、傷心のネズミ達にウザ絡みしていきます。

でも。

カエルのそのウザさも、どこか凄く無理をしている感があって。

人との距離感を上手く保てない不器用さ、空気を読まないようでいて、実は自分が鬱陶しく思われている、好かれていないのを、分かっているのですよね。それでも、そう振る舞わずにはいられない、コミュニケーション下手。彼もまた、乗り越えられない悲しみを秘めていた訳で。

そんな彼の存在があったからこそ、ワニの死後、時間が止まったままで疎遠になっていたネズミ達の時間が少し動き出そうとするのもまた興味深かったです。

映画の予告でも流れている、カエルの「やっば、忘れられないな」っていう台詞。

その時のカエルは、まだ、ネズミ達と友達でもなければ、当然、ワニの存在も知りません。

それなのに、決して誰一人、口にしない残された者達の気持ちを代弁し、それによって初めて、物語が動くのです。


前半部分はもちろんのこと、後半のように、既に居なくなってしまっていても、主人公はワニで、ワニの存在感をそこかしこに感じる作りは、まさに「100日間生きたワニ」のタイトルそのものだと思いました。

そして、どうしてもしんみりとした気持ちになってしまうのは、まだネズミ達にとっては、ワニの死は乗り越えられていない・・・少しだけ変化の兆しが見え始めた、その一歩に過ぎないことが窺えるところかなぁ。

だって、ワニのいなくなった世界では、最後の最後まで、友人達はワニの事について話しませんもの。

想い出すら語らないのに、心の中は想い出でいっぱい。

そういう点に、まだ彼らが、ワニの居ない世界を受け入れ切れていない想いを感じます。

また、ワニが居なくなってから、彼らの仲間に入って来たカエルも、まだワニのことは知らないであろうことも切なかったです。

それでも、梅雨は終わり、雨が上がり、景色も明るくなり始めます。

夏の描写。動き出す日常。

少しずつではあるけど、ネズミ達の生活に、心境に、変化が表れ始めたのだろうなぁと感じるエンドでした。

思えば、ワニが居なくなって、まだ何ヶ月か。乗り越えられなくて当然なのです。

それでも続く日常の連続に、何でもない日々の大切さ、愛おしさを痛感せずにはいられませんでした。

静かながらも、大切なことを沢山教えてくれる作品だったと思います。


そうそう!!
この映画、ネズミがなんだか凄くカッコ良かったのですよ~。
原作では、そんになカッコイイと思わなかったネズミなのですが・・・やはり、声を当てている役者さん効果でしょうか?

どのキャラクターの声も、とても良く合っていて、原作の漫画のイメージ通りでした。
そこもまた魅力的なポイントです。

原作の良さを活かしつつも、オリジナル要素を上手くミックスした良作でした。好きです!
Bell

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