Frances Ferguson(原題)の作品情報・感想・評価

Frances Ferguson(原題)2019年製作の映画)

Frances Ferguson

製作国:

上映時間:74分

ジャンル:

3.8

「Frances Ferguson(原題)」に投稿された感想・評価

GreenT

GreenTの感想・評価

3.5
フランシス・ファーガソン(フラン)は、ネブラスカ州のノースプラットという小さな田舎街に住んでいるミレニアル世代の女性。結婚して小さい娘がいるが、旦那は帰宅後、車の中でスマホのポルノを見ながらオナニーしてから家に入ってくるというくらい夫婦生活は崩壊している。

フランは高校の非常勤講師をしているが、臨時の勤務の際は娘を保育園に預けなければならず、給料より保育園の費用の方が高い。フランス語の先生なのにバイオロジーのクラスの子守を頼まれたり、生徒たちは非常勤講師を完全にバカにしていて、承認欲求が満たされることもない。

フランはテキストばかりして授業を追い出されたジェイクという生徒と話をし、それで久々に欲情を覚え、学校の駐車場の車の中で、ジェイクを盗み見しながらオナニーする。その後、やたらテキストで呼び出して、ついにホテルでセックスするが、あまりにも世間の目を気にしないフランにビビったジェイクが通報したのか、未成年とセックスした罪で逮捕される。

Based on true eventsとかって出るけど、Frances Fergusonで検索しても、1947年生まれの大学講師しか出てこないので、『ファーゴ』のような「やらせ」なのかな〜と思いました。教え子の高校生と性的関係を持った非常勤講師を追うドキュメンタリーのような突き放した形式で描いていて、男性のナレーターが語るんですけど、それが面白がっているような語り口だったり、フランに罪悪感が感じられないところとか、フランが強制的にやらされるセラピーなどのバカバカしさがドキュメンタリーより赤裸々で、そこが面白いドライユーモアなのかな?という感じです。

私としては、未成年者への性犯罪に対する概念にチャレンジされている気がしました。

まず、フランが全く罪悪感を持ってないように見える、というか、彼女の生活があまりに夢も希望もなく、周りを取り巻く人たちもしょーもない人たちばかりなので、「別に捕まって犯罪者になってもいいや」みたいなことろがある。

相手の男子高校生も、フランに夢中になるとかじゃなくて、ちょっとバカにしていて、この子に同情する気にもならないし、フランも性欲だけなんですよね。要するに2人が恋に落ちたとか、もしくはどちらかがどちらかを悪の道に引きずり込んだ、みたいなのだと面白いのですが、そうでもない。

フランは子供のこともどーでもいいみたいだし、夫も母親も嫌な奴。夫はここぞとばかり離婚してくるけど、フランも別にそれでも良い。

小さい町なので、センセーショナルな事件として扱われ、いやがらせをされたり、レストランで写真を撮られたりするんだけど、フランはそれさえも大してなんとも思っていない。

性的犯罪者はカウンセリングを受けなくちゃならないんだけど、これがまた全く的を得ていない感じがする。フランは精神を病んでいるわけでもなく、助けを求めているわけでもない。

仮出所を審査する警察の男とか、フランが性犯罪を犯したと知っていても興味を示してくる男たちは、フランが美人なのにわざわざ捕まるようなことをした、高校生を選んだということに性的な興味を覚える。

私はこの映画を観る前から「高校生って性的にめちゃくちゃ活発だし、未成年扱いにする必要あるのかな」と思っていたのですが、この映画ではフランの方に肩入れする・・・っていうのとも違うけど、フランを刑務所に入れたりカウンセリングをしたりすることがいかに意味がないか、って改めて納得した思いでした。

もちろん、本当にヤバい子供を守りたくなるような性犯罪者もいるのですが、法律はそっち基準に作られているけど、フランには当てはまらないように思うんですよね。

Frances Fergusonで検索しても1947年生まれの大学講師しか出てこないって書きましたが、この女性が法哲学も教えていたってウィキに書いてあって、法哲学とは「法に関して、その制定および運用や様ざまな人の法観念・法感覚、また、法現象とよばれる社会現象等に視点をあてて、哲学的に、平たく言えば、既存の諸概念にとらわれることなく考察する学問分野である」ってことなので、それでこの名前を使ったのかなあなんて思いました。

原案・監督のボブ・バイイントンは、どうもテキサス州オースティンで売れないインデペンデント映画ばっかり作っている、知る人ぞ知るフィルムメーカーみたいなので、この人のスタイルが好きな人にはすごい面白いんでしょうね。オースティンって近年すごいヒップなエリアになってきているみたいなので、ハリウッドに融合しない!系のアーティストが多いのかもしれません。

映画レビューを書いている人たちがやたらMillennial-ennui(ミレニアル世代の退屈)って言葉でフランのことを表現していて「ああ〜、これってミレニアル世代の人なんだ〜」って思ったんですけど、多分、この歳でこんなに世の中と切り離されていることが特徴とされているんだなって思いました。

私の感想としては、この世代の人ってなんでもあって結構恵まれているんだけど、だから退屈しているんじゃないかなと思いました。戦ってまで得たいものもないし、憧れて憧れて手に入らないものもない。またそうやって手に入れることが実は結構虚しいっていうのを、先人たちが証明してしまっている。結婚や恋愛ももう美化できないし、有名になるとか金持ちになることも虚構なんだな、って気づき始めている。

なのに法律は、容姿も恵まれて、結婚もしているフランがわざわざ高校生とセックスするのは頭がおかしいとか、悩みを解決してあげないとってカウンセリングとかするけど、なんかピンと来ない、と現代社会全体を考えさせられる映画でした。
[人間はそんな簡単に変われない] 100点

実に奇妙な映画だ。超に超が付くほど低予算映画を撮ることで有名な…というか最早有名なのかも分からないが、インディーズで映画を作り続けているボブ・バイイントンの最新作。誰もが互いを知っているような田舎町で暮らす若い女性フランシス・ファーガソンの奇妙で気まぐれな人生を流されるままに綴ったシニカルなブラックコメディ。そして、常に呆れ顔で無言を貫き通すフランを優しく見守る"親戚のおじさん"のようなナレーションが状況や心情のドライなウィットに富む説明を挟み、味も音も色すらないようなフランの人生をコミカルに、そして時に辛辣に彩っていく。ナレーションを担当するのはバイイントン作品には欠かせないニック・オファーマンで、本作品のプロデューサーも務めている。

フランは臨時講師をしている先で出会った生徒に手を出そうとしたことで速攻刑務所入りを果たすのだが、この中々ハードな経験が彼女を変えることなどない。本作品の序盤のハイライトはなんと言っても裁判所から刑務所までの一連のシーンだろう。全く反省の色のない(そもそもなんで罪に問われているかもそこまで理解してなさそう)フランのぶっきらぼうな顔に見事なブロンド、場違いなまでに真っ青なスーツ、この三点をいろいろな角度から眺めるシーンに、不自然に明るいゲームサウンドのような劇伴と柔らかいナレーションが重なる。生徒に会うシーンではガラじゃないのにチアリーダーの服を着て行って、生徒を待っていたモーテルでは真紅のネグリジェを着ていたので、それに続く青いスーツというセンスの悪さというか、良くないハッスルが間違った方向に行ってしまったような居心地の悪さが完璧に機能している。そして、味気ない裁判所を背景に派手すぎるフランが映える。まるで彼女の人生を圧縮したような映像だ。

常にドライで厭世的なフランの周りには傍若無人な母親、とてもアホでイライラさせる夫、急に手のひらを返す生徒たち、ストレート過ぎる発言で困惑を誘う刑事たち、気恥ずかしい質問を繰り返すセラピストなどズレまくったクセ強めなキャラが多数登場する。しかし、ほとんど登場しない娘を除いてフランの人生を楽しいものに変えられた人間は誰一人としていなかった。彼女はナレーションにも口を挟むので、半分神のような視点を持つ語り部にすらその資格はなかった。あっという間に収監されたフランは、自分の人生をつまらないものにしてきた夫や母親、そして代理講師という職業とも断絶されることで新たな道を歩み始めたかと思いきや、この全く危険でない"性犯罪者"はより凶悪な犯罪者のために作られた規則に絡め取られるように、収監前と同じくどうでもいい第二の人生の消費が始まってしまう。意味不明なセラピーに数多く通い、自分のことすらどうでもいいのに更にどうでもいい他人の話に耳を傾け、無難な説教を受け続け、孤独な人生はハードモードになって二周目を迎えたのだ。

本作品をシニカルとコミカルの狭間に置いたのはフランを演じるKaley Whelessに依る部分が大きい。本編の中では一度も笑うことなく、呆れ顔以上真顔以下の微妙な表情を浮かべた顔で周りの人間との接触を極端に拒むフランを見事に表現したからだ。間の抜けたゲームサウンドのような劇伴、急ぎ足で入れ替わる展開、半全能の優しいナレーションにクセだらけの人物たちに囲まれたフランの人生は、最後を以てしても変わったとは言い難いが、ナレーターは彼女をも優しく退場させ、フランの人生のような虚無が残り続けた。