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私をくいとめてのHrtのレビュー・感想・評価

私をくいとめて(2020年製作の映画)
4.3
ラブコメの皮を被ったメンタルヘルス映画。
完全に騙された。

のんのコメディエンヌとしての才は遺憾なく発揮され、ほぼ一人芝居の現場で彼女の煌めきがスクリーン全体を照らす。
中村倫也扮する(予告で声出てるから普通にバレる)黒田みつ子の脳内に存在する相談役Aとの掛け合いは出色の出来栄え。
間の取り方が命取りになりかねない脚本でその内の1人が現場にいない(事前に仮で台詞を録音していたらしい)にも関わらずあのスムースで自然な会話に役者と演出の力を感じた。
綿矢りさ作品を読んだことはないが、大九監督とタッグになって描くこの女性の生き辛さは想像に難くない。
みつ子の親友・皐月の「いつの間にか遠い場所まで来てしまった」と涙を流すシーンにも夫の生活圏に“嫁ぐ”という、パートナーを持つと否応なしに(そしてそれは2020年代の今なお殆どの場合は女性側に)訪れる不条理を感じさせた。
あるいは銭湯での営業で来てた芸人たちの中で女芸人の吉住さんだけが酔っ払った男共に囲まれ写真を撮られ身体を触られまくるシーン。
楽しそうに舞台を見ていたみつ子の表情が一変し、憤りの表情を顔に貼り付けたままその場に立ち尽くして動けなくなる。
多田と付き合い始めて泊まったホテルでも、みつ子は硬直してしまう。
パニック障害のように突発的に起こる“生活する”という苦行をみつ子は多角的に体現している。
それを和らげてくれるのがAの存在だ。
1人では抱えきれないほどに繊細な意識を、自分の人格を2つに分けることによって補っている。
それが例えば多田と一緒ならどうなるだろうか。
Aですら抑え込むことのできなかった飛行機の中、隣に座り手を握る多田に対して「よろしく頼みます」と静かに伝えるみつ子が愛おしい。
精神的安定を他者に委ねることに危うさを感じるものの、少しでも生き辛さを取り除くことができたらいいという希望は持っていいと思った。
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