Punisher田中

ノマドランドのPunisher田中のレビュー・感想・評価

ノマドランド(2020年製作の映画)
5.0
リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまうファーン。
小型のヴァンに亡き夫との思い出や、人生の全てを詰め込み、現代のノマド(遊牧民)として季節労働の現場を渡り歩いていく。
行く先々で出会うノマド達との交流を重ねる事で次第にノマドとして生きる事の意味を理解していくファーン。
果たして、彼女の旅の先に待つ物とはーーーー。

行きたい所へ行き、風の吹くまま気の向くままに旅をする、そんな自由奔放なライフスタイルに誰しもが憧れる筈。
今作はそんな憧れを粉砕し「自由なんかない」と言わんばかりに、不条理で不平等な金融危機によって与えられた""不自由""を背負ったノマド達が、辛うじて命を食い繋いでいる残酷な現実を突きつけられる。
社会から見放されたにも関わらず、社会の歯車として酷使され続ける為にノマドとなることを余儀なくされたノマド達。
しかし、そんな彼らが失望せず、常に前を向いて生活をしていく姿に気づけば、僕達が日々を送る中で全くもって目につかなかった「日々生活を送る事の素晴らしさ」を気づかされるのでは。

実際に主演のフランシス・マクドーマンドにノマド同様の生活を体験させ、作中の出演者には当事者を起用した事で現代のノマドそのものを描き出しており、作中のリアルでドキュメンタリー調の語口は、ノマドとして生きる事とはなんたるかを僕達に擬似体験させてくれること間違いない。
自然に、時には不意に流れるルドヴィコ・エイナウディ手掛ける哀愁漂う楽曲や、挿入される美しく途方もない広大な自然が、作品に感情移入しすぎた僕達を時に「この作品は映画だと」正気へと戻してくれる。

ノマドとして生きる事を選択したノマド達による会合、RTRでファーンが様々なノマド達とお互いの価値観を認め合い、支え合う様子はかなり微笑ましく、孤独と静寂に冷え切った彼らの生活を、同じ焚き火で暖め合うような人の温かみに満ち溢れていた。
ノマド達の間に別れはなく、また再び出会える事を信じ合い、それぞれの旅路に進むという関係性は正に""希望""そのもの。
車上生活に付き纏う静寂、孤独を人に対する優しさへと昇華し、生きているノマド達を見ると「ノマドも悪く無いかもな」とどこか思ってしまう、どこかファンタジーチックな描き方をする部分は今作をフィクション映画としてバランス良く成立させている。

今作を終始漂っている乾いた孤独は、自然と同様に容赦無くファーンに襲いかかってくる。
いくつも差し伸べられる手を振り払い、孤独を受け入れ、ノマドとして生きていく事を選択するファーンは生活の安定よりも、全てを失いかけた人間としての最後の砦である誇りを孤独であることで持ち続けているのだろうと感じた。
とにかく感じた事をありったけ書き殴ったレビューとなってしまい、取捨選択が全くできないということを自分でも思い知ったが、今作が鑑賞者の価値観をアップデートさせる作品だというのは間違いない。
パンデミックにより困窮し、心が疲弊した労働者達にとって救いとなる一作になる筈、改めて映画という芸術作品の素晴らしさを思い知る作品だった。