サマセット7

ハウス・オブ・グッチのサマセット7のレビュー・感想・評価

ハウス・オブ・グッチ(2021年製作の映画)
3.9
監督・製作は「エイリアン」「最後の決闘裁判」のリドリー・スコット。
主演は世界的歌手として著名な「アリー/スター誕生」のレディー・ガガ。

[あらすじ]
運送会社の娘パトリツィア(レディー・ガガ)は、パーティーで出会った世界的ブランドの経営者一族グッチ家のマウリツィオ・グッチ(アダム・ドライバー)と出会い、激しいアタックの上、惹かれ合う。
マウリツィオの父親ロドルフォ・グッチ(ジェレミー・アイアンズ)が2人の結婚に反対したため、元々弁護士志望で家業に興味がなかったマウリツィオはグッチ家から離れる決意をする。
しかし、グッチの名に魅入られたパトリツィアはマウリツィオをグッチ家に戻すべく、ロドルフォの兄でグッチ社長のアルド・グッチ(アル・パチーノ)と接近して行き…。

[情報]
サラ・ゲイ・フォーデンによるノンフィクション本「ザ・ハウス・オブ・グッチ」を原作とする、実録クライム映画。

監督・製作のリドリー・スコットは御年84歳。2017年「ゲティ家の身代金」、2021年「最後の決闘裁判」、そして今作と、近年は実話を題材にした作品を取り上げている。
今作は、1970年代から1990年代にかけてのグッチ家の内紛劇と、社長となったマウリツィオの殺害事件を題材としている。
存命の人物も多数登場する中、ほぼ全ての人名は実名で描かれる。
他方、時系列や細かな事実関係、人物描写は、大いに脚色されているようだ。

コロナ禍で撮影は急ピッチで行われ、撮影開始から2ヶ月とかからず完了している。
撮影には、グッチブランドが全面的に協力した、と報じられている。
とはいえ、実在ブランドのスキャンダラスな内幕ものとあって、企画当初はグッチ社は映像化に反対だったようだ。
今作のストーリーを見ると、それも当然に思える。

ジャンルとしては、実録犯罪もの、だが、本質はブラック・コメディ、か。

史上最も売れたアーティストの1人であるレディー・ガガをはじめ、アダム・ドライバー(スターウォーズep7-9)、アル・パチーノ(ゴッドファーザー)、ジェレミー・アイアンズ(ダイハード3)、ジャレッド・レト(ダラス・バイヤーズクラブ)、サルマ・ハエック(エターナルズ)ら、豪華キャストの競演が見られる。

今作は7500万ドルで製作され、1億5000万ドル超の興収を獲得した。
コロナ禍でもあり、やや伸び悩んだか。
批評家の評価は割れている。
一方、一般層からは、一定の支持を得ているように見える。

当事者からは、事実の改変、人物表現の誇張にクレームが入っているようだ。
特にジャレッド・レト演じるパオロ・グッチは、強烈にエキセントリックさが誇張されており、評価を分けたようだ。

[見どころ]
これぞ現代のオペレッタ!!
真剣だからこそ滑稽で可笑しい、人間たちの悲喜劇!!
人を喰った音楽使い!!
グッチというハイ・ブランドの虚像に魅入られ、登り詰め、そして拒絶されて堕ちていく、パトリツィアの強かでありながら、哀しい人の業!!!
演技巧者たちが、全力で過剰に演じる、現代の「貴族」たち!
もはや家名に縋る「貴族」は嘲笑の対象にしかならないのか・・・。
そして、レディー・ガガ!!
強烈!!の一言。

[感想]
いやはや、面白い。

文豪が、全力でゴシップ記事を書いたような。
一流シェフに、ジャンクフードを作らせたような。
グッチという高級ブランドも、巨匠と超一流のキャスト陣も、この下世話なスキャンダル話に本気でコミットしていて、それがとにかく楽しい。

冒頭の、マウリツィオのブランドに身を包んで自転車を走らせる、とぼけた味。
アダム・ドライバー、こんな味もだせるのか!
終盤の自由を得たボンクラ感、最高!!
さらに、その後の、レディー・ガガ演じるパトリツィア登場シーンのインパクト!!!
オーラ!!!
エネルギーの奔出量が違う!!!
中盤以降、目力が凄すぎる!!!

2時間37分の長尺だが、語るべきことが多く、テンポよく話が進むため、退屈することはない。

全編、キャラクターたちが真剣だからこその、シリアスな笑いが満ちている。
マウリツィオとパトリツィアの、運送会社内での交情シーン!!!どんだけ!!
アル・パチーノ演じるアルドのオーバー・アクト!!「パトリーツィアー!!」の発音!!!
リアクションの数々!!
「I AM DEAD!!!」
「アリガトーゴザイマース」!!
さらに輪をかけた、ジャレッド・レト演じるパオロの怪演!!これは遺族の怒りに納得!!
サルマ・ハエック演じる占い師の胡散臭さ!!

音楽の使い方が、また良い。
ジョージ・マイケルのフェイス!!
ヴェルディの乾杯の歌!!
モーツァルト、夜の女王のアリア!!
ユーリズミックス!
ニューオーダー!!
当時のポップソングと、オペラやクラシックのブランド、という感じか。
全体として、意図した軽薄さを醸し出している。

ラスト、パトリツィアの締めの一言!
完璧!!

総じて、「下世話なブランド一族のスキャンダル話」に徹した巨匠に、底の知れなさを感じた。

[テーマ考]
今作は、「グッチ家」の家名に魅せられた女性の栄光と没落を描いた作品である。
並行して一族が、資本主義の歯車に押し潰されて、自己崩壊していく様も描く。

パトリツィアが文字通り身命を賭してその一部にならんとした「ハウス・オブ・グッチ」が、砂上の楼閣の如く儚く第三者に乗っ取られていく様は、人の業の悲哀と滑稽さを強調している。

作中のパトリツィアの姿は、無教養で滑稽であるとともに、どこまでも真っ直ぐで、エネルギッシュだ。
リドリー・スコットは、彼女を、ただの愚かで身の丈に合わない野心を抱いた人物、とは描かない。
パトリツィアが偽ブランド問題を指摘して、男尊女卑的に黙殺されるシーンなど、最たるものだ。
彼女こそ、グッチ家の他の誰よりも、グッチの名を愛したのではなかったか。
あの時代のブランドの魅力には、呪術的なものすら感じる。
哀しいことに、その真っ直ぐさこそが、マウリツィオの心を遠ざけてしまうのだ。
そして、グッチの家名は脆くも崩れ去る…。

今作は、資本主義社会における、家族経営の強みと限界を描いた作品、とも言えるだろう。
血の繋がりを基礎とした、相互の信頼関係こそが肝なのだ。
一度、信頼関係が破綻したならば、もはや会社は家族の手を離れ、2度と戻って来ることはない。

また、マウリツィオの人生を思うと、一つの教訓が得られるかもしれない。
すなわち、主体性を持って生きること。
彼が最初から経営者になるべく、主体的に学んでいたら、別の結果もあり得たかも知れない。
あるいは、弁護士になるという夢を完徹していれば。
誰かのために、誰かのせいにして生きるのは、不毛だ。
何より効率が悪い。
自分の頭で考え、決断することが大切なのだ。

[まとめ]
巨匠が本気で作った、ブランド一族のスキャンダラスな実話クライムものにして、ブラックコメディの佳作。

リドリー・スコットは、次作の題材にナポレオンを選んで撮影中のようだ。
主演はあの、ホアキン・フェニックス。
Apple TV+独占配信映画らしいが、観たいなあ。
サブスク選択の悩ましさは、増すばかりだ。