きゅうげん

ボーはおそれているのきゅうげんのネタバレレビュー・内容・結末

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

狂気の監督アリ・アスター!
狂気の俳優ホアキン・フェニックス!
最狂タッグが送る最新作は、突然の訃報からはじまった摩訶不思議な里帰り。

ネオペイガニズム系ホラーを再興させ新時代の“田舎怖い”ブームのパイオニアとなった、現代ホラーを代表するアリ・アスター監督。
『ヘレディタリー』では創意工夫されたギミックによる映画的な観せ方の怖さを、『ミッドサマー』ではロケーションやシチュエーションなどで醸成される映画的な世界観の恐ろしさを追求してきました。
そして本作は、そのどちらの恐怖もいいとこどり。狂気的なイメージがさまざまな異形の映像表現に昇華され、アリ・アスター・ワンダーランドのめくるめく悪夢的鑑賞体験となっています。

またそんな世界をひとりで背負って立つ、ホアキンの神がかりすぎる鬼気迫る演技。
最近のホアキン・フェニックス、役者としてマジで前人未到の領域に突き進んでいる感じがしますね。
だって『her』とか『カモン カモン』とかの人と、『ジョーカー』とかこの映画とかの人が同じって凄すぎない?


ただしかし、一方で残念なところも。
ストーリーに関して、本作の大筋は神話・叙事詩よろしいオデッセイ形式と解することができますが、展開自体はいわゆる“お団子串刺し”脚本。
有名どころで言うと『地獄の黙示録』が同タイプの珍しい成功例でしょうが、本作はラストで収斂するように回収しようとしてるため、大小さまざまある場面のシュールさ・ナンセンスさが却って足を引っ張っている印象です。
確かに描かれている内容は母子の関係性の機微、とくにボーのドラマに深みを与えるものですが、しかし大局的な流れのなかではちょっと取り留めがないかも……。


母親へのアンビバレントな苦悩やそれに重なる初恋の少女への憧憬などは、ボーの人生の中心であり本作のドラマの骨子です。
映画史上もっともみっともない童貞卒業と突然の腹上死から、すべては母親の掌の上だったという急転直下のネタバラシ、文字通り“男根”として概念化された父親の登場に、最悪の親子喧嘩というクライマックスと「爆発オチなんてサイテー!」な衝撃のラスト。
共依存を超えて“可愛さあまって憎さ百倍”となったこの母子密着はあまりにグロテスクで、突き放した救いのないラストは、これまでのアリ・アスター作品のどんな恐怖表現よりもいちばん悪趣味で残酷だと言えるでしょう。

文芸評論家の江藤淳は“第三の新人”を紐解く際、その作品内の母子密着とその破綻について時代的・社会的・文化的変化を指摘し、あくまで女性の本質は母性にあると論じました。
もちろん現在ではその旧弊さや安易さなどを上野千鶴子さんが批判していますが、いっぽうで社会学者の水無田気流さんが指摘するように戦前の理想は“娘”的な母像であったのに対し、戦後社会の家族関係においては母親あるいは“母”的な妻、つまり母性が求められたことは事実で、これは言うなれば“男性による女神神話”という幻想にほかなりません。
現代社会が加速し家族という枠組みが簡素化・形骸化したとき、閉じられた関係性のなかの“母性”が鋭く濃い“支配”に裏返ったならば、無力無能なボーは自滅を受け入れなくてはならない……のかもしれません。
刺傷される父親(=チンコ)と爆死するボー(=キンタマ)は、現代の“男性神話”の敗北を痛烈に活写するオチである、なんて言えないこともないんじゃないでしょうか。


……にしても、エキセントリックすぎる怪作な本作。
個人的な最大のビックリは、私的俳優ランキングTOP 10にはいるフランスの名優ドゥニ・メノーシェが、人語を解さないPTSDの元軍人として徹頭徹尾ひとりで映画内を暴走してたのが、面白すぎて最高でした。
アリ・アスター監督、次回作もA24制作&ホアキン・フェニックス出演ということで、早くも期待が膨らみます。
あとホアキン・フェニックスとルーニー・マーラ、ふたりめのお子さんおめでとうございます!