耶馬英彦

ベネデッタの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

ベネデッタ(2021年製作の映画)
4.0
 ベネデッタに起きた奇跡は本物なのか、それとも捏造なのか。湧いてくる疑問に揺れながらの鑑賞となる。当方は無信仰で、エホバもヤーベもアッラーもシバもヴィシュヌも信じていないので、当然ながらベネデッタの自作自演だと、頭では思っていた。しかし幻想のシーンが見事すぎて、どうしてもベネデッタを信じたい気持ちに傾く。理性と情緒のせめぎ合いである。
 自作自演でみずから聖痕をつけたにしては、傷の箇所が多すぎるし、度合いも激しすぎる。人間は極限状態になると、痛みさえ感じなくなるものなのかもしれないが、よく解らない。それとも自閉症スペクトラムの一種なのだろうか。
 観ている側の思考は揺れまくるが、ストーリーは割と一本道で、ベネデッタと彼女を取り巻く人々の信仰や権力欲や保身が描かれる。流石にフランス映画である。哲学的な側面から信仰心に深く切り込む。

 ラスト近く、ベネデッタが元院長に向けて放った言葉に、少し驚いた。
「あなたは一度も神を信じなかった」
 驚くほどの洞察力だ。自閉症の人間に他人に対する洞察力はない。ベネデッタに精神疾患は認められない。だとすれば、ベネデッタの聖痕はやはり信仰心の賜物なのだろうか。
 信仰や教会といったキリスト教の真実に迫ろうとする映画をいくつか鑑賞したが、本作品は群を抜いている。

 愛は精神なのか肉体なのか。精神と肉体は切り離すことができないとすれば、エロスとアガペーは愛の表と裏で、表現が違うだけなのかもしれない。
 こういったことは、中学や高校のときによく考えたものだが、社会人になってからはそういう思索とは無縁になっていた。本作品をきっかけに思索を続けてみると、日常の煩わしさから解放される感じがする。5W1Hの縛りを離れて、論理やイメージが自由に羽ばたくのだ。そういう意味でも、価値のある作品だと思う。
耶馬英彦

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