耶馬英彦

The Son/息子の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

The Son/息子(2022年製作の映画)
3.5
 精神疾患のある息子と離婚した夫妻の話である。

 父親は自分自身も独善的な父親から人格を否定される言葉を投げつけられた記憶があるにも関わらず、息子に対して同じ言葉を投げつけてしまう。社会に適応しなければ生きていけないからだ。しかし息子は適応できない。母親はそんな息子を持て余してしまう一方で、息子との関わりは続けたい。身勝手な感じもするが、オキシトシンの働きだろう。母親というものは多くの映画でそういう描き方をされている。

 社会に適応しなければ生きていけないという言葉は真実だ。父親から言われて怒りに震えた記憶があるのに、自分の息子にそれを言ってしまうのは、息子に生きてほしいからだ。息子に死んでほしいと望む父親も、ある程度の割合で存在するだろう。中年になっても引きこもりで仕事をしない息子を父親が撲殺したという報道には屡々接することがある。

 自殺は善ではないが、悪でもない。ひとつの生き方である。人身事故で電車が止まったり遅れたりすると、電車の乗客はやれやれとは思うが、死んだ人を非難することはない。なるべく他人に迷惑をかけないに越したことはないが、自殺することはひとつの選択として認められるという暗黙の了解があるからだ。
 しかし自分の家族には不寛容だ。自殺を許さず、社会に適応して、出来ることなら社会的な評価も得て、さらに言えば裕福に快適に暮らしてほしいと願う。それが独善であることに気づかない人は、家族の幸せを願って何が悪いと反論するだろう。実は願っているのは家族の幸せではない。自分の精神の安定と充足なのだ。だから独善なのである。

 ニコラスは病気だ。医者は鬱病だと言うが、精神疾患だけではなく、自閉症などの精神障害もありそうだ。17歳だが、不勉強で世の中のことがあまりよく解っていない。自分が世界の中心ではないことに、まだ気がついていない。父親が母親と自分を捨てたことにすべての原因があると思っている。自省することがないから、何もかも他人のせいだ。

 独善的な親と自己中心的な子供。世の中の親子関係のほとんどがこの図式に当てはまるかもしれない。それでも親殺しや子殺しの事件数がそれほど多くないのは、相手の人格をある程度は尊重しているからだろう。それは善意ではなく、相手を全否定したときの反撃が怖いからだ。保身である。それと妥協。そして諦め。
 ピーターとニコラスの父子は、この図式の典型だ。独善的な父親が自己中の息子を助けようと頑張るほど、息子を追い詰める。驚くことに、父親も息子もそのことに気づいている。気づいていないのは、生きていかねばならないとか、自殺はいけないとかいった、自分たちが大前提としていたパラダイムが、逆に自分たちを縛り付けていることだ。もしピーターがニコラスに、生きたいように生きればいい、人生に意味などない、辛かったら逃げればいいし、逃げ場がなくなったら死んでしまえばいいと教えたら、ニコラスの魂はずいぶん楽になったかもしれない。
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