幽斎

The Son/息子の幽斎のレビュー・感想・評価

The Son/息子(2022年製作の映画)
4.8
【幽斎的2023ベストムービー、ミニシアター部門第6位】
恒例のシリーズ時系列
2020年 4.8 The Father 前作
2022年 4.8 The Son 本作
2025年? The Mother 製作予定

「ファーザー」Florian Zellerが自身の戯曲をHugh Jackman主演で映画化した、ヒューマニティ・スリラー。京都のミニシアター、出町座で鑑賞。

※本作の撮影中にHugh Jackmanの父親が亡くなりました。謹んで御冥福をお祈りしたい。

監督は当代一流の劇作家だが「ファーザー」映画初挑戦でアカデミー作品賞を含む6部門ノミネート、Sir Anthony Hopkinsに2度目の主演男優賞、脚色賞受賞。監督はフランスの小説家で戯曲「Le Père 父」が原案。彼の才能を妬むアメリカ映画人から「Fluke」では無いかと根拠の無いエクスキューズを付けられたが、初めから3部作の予定で戯曲「Le Fils 息子」世界13ヵ国で上演、高級紙TIMESで絶賛された。日本では2021年8月に岡本圭人、若村麻由美主演で上演。関西は兵庫県立芸術文化センターで公演。

「ファーザー」ジャケ写から連想するヒューマンドラマと思ったら、実はスリラーと言う感想が表に出過ぎた感も否めないが、型にハメるのでは無く、フランス人らしいジャンルレス、固定観念と言う柵を軽々と飛び越えた。Hopkins演じる老人が、認知症(注)を患ってるプロットの為、視点が軽石の様にコロコロ転がる浮遊感が観客を混乱させたが、前作の字幕では認知症だが医療的には「急性鬱病」が正しい。マサカ、本作でもソレを踏襲して来るとは流石の私も迂闊だった。

Acute Stage of Depression「急性鬱病」。日本の総合病院は精神科と言う言葉は使わず、メンタルヘルスと言うが、鬱病の治療は急性期、回復期、再発予防期の3ステップ。ネガティブな思考が脳の機能不全を引き起こして逝く疾患。不眠や過眠、気分の落ち込み、食欲の低下、不安や苛立ち等、改善するには適切な薬物療法と仕事や学業のストレスの原因から離れ、体、心、脳をしっかりと休ませる事が重要。周囲の協力が無いと半数以上が再発すると言われ、親や配偶者の「無知」が患者を死に追い遣る事も多い。

フランス人は自分の事は見えないが、他人の事はとてもよく見える人種。私はミステリーが専門だが、フランスの推理小説は肝心な事は明かさず起承転結を無視し、読者を煙に巻く心理的瑕疵トリックが得意。常に第三者目線とも言えるが、本作も「客観」を許さない。演劇で鍛えられた安全圏を観客から奪うレトリックは、簡単に言えば主人公と観客を同一視する。退路を断たれた観客は映画の渦の中に彷徨う。言葉にするのは簡単だが、監督の才能が決して「Fluke」では無い事を自ら証明した。

前作Hopkinsの視点に対し、本作はピーター役Hugh Jackmanの視点。ニコラスの行動が、観客も巻き込んで全く理解出来ないのは、ピーターの視点→ニコラスを観てるから。精神を病んでるプロットを挿む事で、上手いミスリードも誘ってる。ファーザーのHopkinsが「50代の男が10代の頃の悩みを引きずるな!」ドジャースの山本由伸顔負けの剛速球を投げる(オオタニさん、大丈夫かな(笑)。此処が重要だが、ピーターの父親は息子で悩む事が無責任を責めてると唐突に叱責。ソレは本作のニコラスの親子関係にも当てハマる。前作もインクルージョンしたフランスらしいミルフィーユの多層構造。

何の情報も無く本作のジャケ写を見たら、父と子の心温まる愛の物語だと感じる。まぁソレなら私は観ませんが(笑)「ファーザー」観賞済の方は既にワクチン接種はお済なので「監督は何を企んでるんだ?」別な期待も膨らむでしょう。リクエストに違わず、本作も立派なスリラーに仕上がってますので、安心して下さい。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

印象的なシーンの一つ、ニコラスが医師を汚い言葉で罵り「大丈夫だよ良く成ると約束する」と哀願。魔が差したのかなぁ、と思いますが同じフランス人のミステリー作家Jean-Pierre Gattegnoの代表作「悪魔の囁き」を思い出した。精神疾患で多い事例で、鬱病の極まる先に在るのは「自殺」。生きる希望は無く常に自殺を考えた。洗面所の猟銃もミステリー顔負けの伏線、死ぬ事が出来るなら医師を罵倒して構わない、親も騙しても構わない。出口戦略の無い思考は殺人事件の犯人に似てる。だが、死ぬチャンスを狙ってる事も医師にはお見通しだから退院を拒んだ。

監督はインタビューで、舞台劇「Le Fils 息子」上演した際、観客から「私の父もこうだった」「自分の家族に似てる」と言った声が多数寄せられ、映画を創る決意をした。本作には監督自身の経験も含まれてる、ラストの「ガブリエルに捧ぐ」メッセージは、監督の義理の息子の名前で、ニコラスの様に鬱病で苦しんだ経験が有る。今では苦しみも和らいで、本編のフランス人インターンの役で出演してるので探してね(笑)。

精神疾患の患者さんは常に罪悪感とか自分を恥じる思考を繰り返すので、前に進まないホモロゲーションに悩まされる。周囲の家族や配偶者は、患者の気持ちが忖度出来ないので、無理解が嵩じて状況を悪化させる。監督は心の病の理解が深まればと言う願いで製作。「親の心子知らず」or「子の心親知らず」自分の親の様には成りたくない、と思ってもイザ自分が親に成ると同じ行動をしませんか?。精神疾患は理解の無い周囲には「単なる甘え」見えがち。ベスを演じたVanessa Kirbyが負の連鎖を断ち切る希望の象徴。裏表を包み隠さない演出は一見するとアバンギャルドも、渦の中は極めてコンサバティヴに見えた。回り続ける洗濯機はニコラスの気持ちを表現、「親子の渦」の終着点とは?。

「死は待てる」私も読んで見たかった。心の病に傍観者は許されない、心に刻みたい。
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