Ren

流浪の月のRenのレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
4.0
原作既読。またも李相日監督が大傑作を世に生み落とした。邦画ファンだけでなく、映画ファンは今年必見の一作。原作者とスタッフとキャストに心から敬意を込めて。

原作を読んだときの、活字から溢れ出す色彩の豊かさに夢中になった思い出がぶわっと蘇った。あのシーンが、あの人物が、あの世界観が、予想通りだったものもそうでないものも含めて完璧な形で映像化された感動....!
そしてキャリア最高レベルのパフォーマンスを連発するキャスト陣。言葉は選ぶけど、広瀬すず、松坂桃李、横浜流星の代表作が同時に更新された瞬間を目撃した感じ。
あと自分はフェチとして「水」を美しく描写した映像作品が大好きなのですが、そういった意味でも100点の作品だった。雨に湖にコーヒーに霧吹きに、印象的な出会い/別れの場面には必ず水が同居する。

これは、愛の名の下に犯罪を肯定する映画では断じてない。自分が到底知り得ない他者の人間関係に、勝手に名前を付け、レッテルを貼ることの加害性を突き付ける作品だと私は思っている。2人だけの世界で2人だけの間に生まれた愛は他の誰も定義できないのだから。誰もが加害者になる危険性を秘めている一億総評論家時代のヒューマンドラマ。
「友情だと思っているものを友情と括り、恋愛のようなものを恋愛と括る」という、人間関係そのものが持つ不確定さを水のように観客に沁み入らせていく150分だった。

視点一つで我々は更紗(広瀬すず)や文(松坂桃李)のような “当人“ になり得るし、亮(横浜流星)やバイト先のパートの人たちのような “他者“ にもなり得る....というかもう既になっているかもしれない。普段ならさらりと流されていく自分と他者の間に生まれる暴力性を今作は冷たく鋭く美しくこじ開ける。

その他、
○ ボロボロの更紗を気にも止めない通行人。中心のキャラクターにのみ焦点を合わせる撮影。自分たちと世間を断絶されたものとして描き続ける。
○ 方々で絶賛されている横浜流星、なぜここまで暴力に説得力を持たせられるのか?クソなDV野郎役がハマりすぎていて最高(最悪)でした。元々演技力がきちんとある俳優だったけど、キャスティングとパフォーマンスが高次元で噛み合って新境地をバンと開いた感じ。
○ 広瀬すずはあの事件から人生の色々を経験してきたにしてはまだ容姿に幼さが残りすぎ?な感が無くはなかったものの、演技でねじ伏せてくれました。素晴らしい。この貫禄。自分と同い年とは思えない。
○「アイスクリーム」「ケチャップ」「苗木(原作だとトネリコと説明されている)」といった視覚的モチーフの連打は、映像化することでよりその価値がぐぐぐっと高まる。
○ 原作では無かった枝豆の使い方が見事でした。冒頭、枝豆の皮を机に直置きする描写で亮の殆どを嗅ぎ取れる。殻入れがねーからこうするしかねーだろと言わんばかりの絶対王政っぷり。彼は実家だときちんと自分で皮を皿に入れる。
○ 今作ではカットされたモチーフとして、原作には映画『トゥルー・ロマンス』が度々登場します。ある犯罪を犯してしまった男が一晩で恋に落ちた恋人と逃避行を続ける、タランティーノ脚本のバイオレンスロマンス。未見の方はこちらも観てみると面白いかも?
○ ケチャップを拭き取ったときの表情の意図は、原作だと明らかになっている。映画版では解釈の余地を残しており、自分自身で補って深めることができます。
○ ここ数年の松坂桃李の出演作の選び方、キャリアの歩み方は上手すぎる。作品ごとに違った表情を見せてくれるのが本当に好きです。



《⚠️以下、ネタバレ有り⚠️》










文は、彼のパーソナルな空間で共に過ごした少女と2度引き裂かれる。彼が初めて声を荒げる「もうやめてくれ!」で落涙しました。湖で、無言でぎゅっと手を握った彼がここで “世間“ に抵抗する。
恋人(多部未華子)にロリコンだから/君を利用してごめんと告げ、突き放してまで隠したかった文の体の秘密を更紗には曝け出す。二次性徴が訪れなかった体=僕だけが大人になれなかった。彼の小児性愛のきっかけでもある。ここまで曝け出した文は更紗と、おそらく逃げ続けてでもずっと一緒にいるのでしょう。もう、育たなかった苗木のように間引かれる恐怖など無い2人だ。
文が更紗を、更紗が文を見つめる表情は、プラトニックな恋愛とも尊敬の眼差しとも言えない、絶妙で彼らにしか分からない表情だった。彼らはお互いにとっての大切な関係(太陽に対しての “月“ のような)で在り続けながら、エンドロール後も、世知辛い世の中を、人生を流浪するでしょう。
Ren

Ren