ずどこんちょ

ARGYLLE/アーガイルのずどこんちょのネタバレレビュー・内容・結末

ARGYLLE/アーガイル(2024年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

『キングスマン』のマシュー・ヴォーン監督が描く、新たなスパイ映画です。
同シリーズと完全に違うのは、アクションシーンにも血生臭い演出がなくなったこと。およそアクションらしくない音楽と戦闘とのマッチングとか、ありえない派手な演出とかは相変わらず健在なのですが、グロさが完全に無くなりました。
誰でも安心して見れるスパイアクション映画です。

"アーガイル"は凄腕のスパイを描いた小説の主人公です。スパイ小説作家のエリーはある日突然、謎のスパイ組織に命を狙われることになります。
それはエリーが作り出す小説があまりにも真実に迫り過ぎていたから。現実のスパイ組織"ディヴィジョン"は闇落ちしており、ディヴィジョンの組織のトップ、リッターは彼女が次の続編に書き記すであろう組織の秘密を記録したファイルを取り戻すべく、彼女の命を狙っていたのです。
組織の手からエリーを守るために敵対する組織から派遣された本物のスパイがエイダンです。
アーガイルとは見た目も程遠いエイダンですが、彼の本物の戦闘能力でエリーはすんでのところで何度も命を助けられます。

作中の設定のリアルさが売りの作家エリーの想像力と直感で、本物のデータファイルの行方を追う二人。
いくらスパイの知識に長けた才能溢れる人物とはいえ、作家は作家。ミステリー作家に本物の殺人事件の捜査を任せるようなあり得ない展開なのですが、エリーの直感は見事に的中しており、遂にデータの在処を示すログまで辿り着くのです。

本作がスピード感のある怒涛の展開なのはここからで、この先、物語は二転三転して真実の行方が分からなくなります。
エイダンに信頼を寄せ始めた頃、宿泊先のホテルでエイダンがエリーのことを恨むかのような電話をしているところを立ち聞きしてしまうのです。

やはり敵だったのかもしれないと、エイダンから身を隠して逃げ出すエリーは、唯一信頼できる両親に会いに別のホテルへ向かいます。
両親と落ち合うエリー。母親はいつもビデオ通話していたのでよく知る人物だったのですが、なんとそこに現れた父親は、まさしくエリーの命を狙っていたディヴィジョンのリッターだったのです。

そこへ急いでエイダンが駆けつけて、母を撃ち、父を気絶させて入手したログファイルを持って逃げ出します。
え、どういうこと?と一回目のパニックです。
エイダンは敵?両親は元々スパイだったということ?それとも敵組織の整形かマスク変装?

混乱するエリーと観客に多くは語らないままエイダンが連れてきたのは、サミュエル・L・ジャクソンが演じる元CIA副長官のアルフレッドがいる小さなスパイ組織です。
サミュエル・L・ジャクソンがマシュー・ヴォーン監督作品に出てくると胡散臭さが増しますが、それこそ監督の狙い目なのかもしれません。裏がありそうに見えて、本作では良い人なのかも。

そこで二つ目のサプライズが語られます。
なんとエリーは元々アルフレッドの部下で、エイダンとタッグを組んで活躍していた腕利きのスパイだったのです。
元の名を、レイチェル・カイル。
R・カイル、すなわち、"アーガイル"です!
彼女が作家として世間に発表していたのは、なんと彼女の頭に眠っていた本物の記憶だったのです。任務中に記憶を失ってしまったレイチェルはディヴィジョンのリッターに拾われ、洗脳によって記憶を改竄されていたのです。
両親の記憶は記憶喪失後に、彼らによって植え付けられたもの。母親だと思って慕っていた相手はディヴィジョンの心理分析官であり、エリーとして小説に記憶を記し続けることによってディヴィジョンはレイチェルだけが知るデータの行方を追っていたのでした。

急にエイダンから殴られそうになった時、咄嗟に格闘術を繰り出すレイチェル。
それならばここまでの逃亡劇の中で何度も身体が反応するシーンもあったような気がしますが、エイダンが屋上に逃げ出した時、そこに鉄の棒があって屋上までの扉を塞ぐつっかえ棒をした時に「都合良すぎ」と呟いたように、エンタメスパイ作品なのだから都合が良くてよいのです。

ここまでで十分本作の「裏切り」的展開が繰り広げられているのですが、本作では更にその先が訪れます。
ディヴィジョンの秘密を明かすデータを見つけ出したエリーは、そのデータの中に驚くべき人物を見つけ出します。
なんとレイチェルは元々ディヴィジョンの組織のスパイであり、潜入捜査としてアルフレッドの元でエイダンと共に活動していたのです。

さてさて、立場がこんがらがってきました。
組織に狙われていたエリー(元レイチェル)は、元々組織の人間で、記憶を改竄されて小説家として眠っていた記憶を呼び起こされていたということになります。

ディヴィジョンの組織に捉えられた先でレイチェルは完全にディヴィジョンの手先としての使命を取り戻します。
拘束されているエイダンを一発で仕留め、いよいよレイチェルがかつての姿を取り戻したのかと絶望するのですが、ここで更なる反転が起こります。
記憶を取り戻したレイチェルは闇落ちした演技をしており、記憶を取り戻してもエイダンの味方だったのです。

エイダンを撃ったのも、カモフラージュで見事に急所を外した狙撃でした。小説家時代にファンが送ってくれたあるアイデアから得た狙撃術で、実はこれにも一つの秘密が明らかになります。
元々エイダンとレイチェルにはもう一人の仲間がいて、その彼女をモデルにしたキャラクターはエリーの作中で命を落としていました。
実際の彼女も任務中に狙撃されていたのでずが、実は生存しており、エリーにファンとしてメールを送った相手はその彼女だったのです。
そんな秘密裏に生きていた彼女が、ディヴィジョン壊滅をめぐる決闘の最中に窮地を救いに現れます。

ボーッとしていると見失ってしまい、筋書きが行方不明になってしまうかもしれません。
本作は頭空っぽにして見たいエンタメ作品だと思っていたので、そこまで複雑な設定が入ってくるのは予想外でした。不意打ちに近い。
個人的にはもっとシンプルな構造でも楽しめたのかなぁなどと感じますが、裏切りの連鎖によって予想のつかないストーリーが好みの人にはとても楽しめるスパイ作品となっていると思います。

また、ストーリーとは別にアクションシーンのマシュー・ヴォーンらしさは健在です。
ノリの良いポップな音楽の中で繰り広げられる戦闘はもちろん、煙幕での銃撃戦はマシュー・ヴォーン監督がまた新たな名戦闘シーンを生み出したと思いました。
『キングスマン』での頭吹っ飛び演出は今も伝説的名(迷?)シーンですが、本作では記憶を完全に取り戻したレイチェルとエイダンがダンスを舞いながらカラフルな煙幕の中で敵を薙ぎ倒していきます。
カラフルな煙幕の演出は過去作からのオマージュでしょうか。既視感はあるけれども、清々しいほど二人が幸せそうで笑えてしまいます。
同時に本作は前述したように血生臭さは一切ありません。夥しい死体が生まれていく様子が、まるで美しいシンフォニーの一つであるかのようです。クレイジーです。

それからレイチェルによるスケーティングアクションシーンも印象深いシーンでした。
石油まみれになったフロアで銃が使えなくなり、レイチェルとエイダンは追い詰められます。
しかし、スケートが上手かったという記憶を取り戻したレイチェルは靴裏にナイフを突き刺してシューズ代わりとし、足下がぬかるんで身動きが取れなくなっている敵をバッタバッタと切り倒すのです。
華麗で美しいスケーティングです。芸術的な戦い方で敵を一掃してしまいます。
あり得ないけど、娯楽的に痺れるのがマシュー・ヴォーン監督の作り出すアクションシーンです。

同じ監督のスパイ映画ですし、「キングスマン」シリーズとの関連もなきにしもあらずか、それとも全く新しい世界観で再始動するのかと思っていたら、ほんの少しだけキングスマンを感じる要素を最後に入れ込んでました。
理解できたのは、"アーガイル“という人物もまた実在していたということ、そして若き日のアーガイルはスパイ組織「キングスマン」と何らかの関わりがあったということです。
続編でその辺りの展開が描かれることも期待したいです。