えいがうるふ

ベルファストのえいがうるふのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
5.0
久々に感じる圧倒的な満足感。ここに映画を観ることの愉しみが全て詰まっていた。
冒頭に流れる、ベルファストの街の歴史を垣間見せる選びぬかれたショットと、港湾地域の鮮やかな空撮映像。たった数分のこの映像だけでも、ケネス・ブラナーと制作陣のこの街への愛が伝わってくる。
その光あふれるタイトルバックから緞帳が上がるようにモノクロームの本編へと繋げる手法は、クラシカルだが街の一角がそのまま舞台として描かれるこの作品には合っていた。

最近多いけれど、最新の映像技術で撮影されたモノクロ映像はやはり美しく、計算され尽くしたカメラワークと照明が描き出す人の動き、光と影、その表現力にまたしても魅力された。
かと思えば時折挟まれるカラー映像の鮮やかさに、主人公の心に刻まれた高揚感にシンクロしてハッとさせられる。使い古された技法とはいえ素直に私の心には響いた。
シンプルイズベストな音楽の使い方もよかった。

なにより、いち家族が居住区の宗教紛争に巻き込まれていく激動の展開を、セリフやナレーションで全て説明することなく作り込まれた映像や役者の表情で語らせる脚本が秀逸だった。

キャラクター描写はとても分かりやすい。天真爛漫で映画好き、喜怒哀楽ひとつひとつを身体全体で表現せずにはいられない典型的ギャングエイジのアホ男子な主人公、昔気質でも決めるとこは決める往年の高倉健のような父親、美しく毅然とした(そしてときに無謀な)母、全てを受け入れる賢く慈愛に満ちた祖父母、魅力的だがいらんことをする小悪魔的な年上の幼馴染、淡い初恋のクラスメートetc.. 誰もがステレオタイプとも言えるが、その潔さが小気味良かった。

そんな彼らが織りなす、終盤の怒涛の名シーンの数々。悲しい別れの後に一転して生の多幸感に包まれるパーティシーン、幼い主人公が暴動に巻き込まれ真昼の決闘さながらの芝居がかったクライマックスへと繋がる一連のシークエンス、好きな女の子へ別れを告げる息子へのパパの粋な計らいに胸キュンしたりと、好きなシーンがありすぎる。
切なくも甘ったるさのないラストシーンも善き。

宗教がらみの地域紛争を描いた作品だと思えば至極中途半端だし絵面を美化しすぎなのは否めないが、それを幼少期に現地で体験した監督の郷愁をその思い出補正のまま端的に映像化した作品だと思えば素晴らしい完成度だと思う。
無邪気な子どもの目からみたシリアスな戦乱を描いている点でジョジョラビットが引き合いに出されがちだが、あれほど子ども視点をネタにして憎むべきものを面白おかしく茶化しているわけでもない。

むしろこの短い尺には、この作品で北アイルランド問題そのものを語ろうという意図よりも、何も分からないままその街と家族を愛し無邪気に過ごしていた子どもの目にはそれがどう映ったかという、いわば一個人の思い入れだけにフォーカスして描こうという割り切りすら感じられる。
個人的には珍しくアカデミー・ゴールデングローブのダブル脚本賞にも諸手を挙げて賛同できる、文句なしの98分だと思った。