ナミ

ちょっと思い出しただけのナミのレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.4
池松壮亮と伊藤沙莉は二人ともいつだって素晴らしいのだけど、今回はちょっと想像以上だった…魂こもりすぎてた…。
特に伊藤沙莉、演技のみならずあの声が良すぎるんだよな〜〜〜!
日本にはああいうハスキー低音ボイスの女優さんがあまりいないからそう感じるのか、彼女が話すだけでなぜか物語がものすごいリアリティを帯びる。自分自身もその映画の世界の中にいるような気がしてしまう。すごい武器だと思う。

コロナ以降の実写映像作品、どれだけリアルを描こうとしても「物語の中がコロナ禍でない」という時点で現実と乖離してしまうという問題を皆抱えていると思うんだけど、この作品は初っ端からがっつりコロナ禍の社会を描いてて(皆マスクしてる、オリンピック、出勤したら消毒と検温、間引かれた客席等)その問題に真正面からぶつかっていってたのが結構衝撃的だった。コロナ禍の社会もそういうフェーズに入ったんだなぁ…。
そして全ての人間がマスクしている世界って客観的に見るとやっぱりすごく異様で(映画というフォーマットの中で見たのが初めてだったから余計そう感じたんだろうけど)、こんな世界でもう2年も過ごしてる&もはやそれを異様とも感じなくなっているなんて、なんか本当にあっという間に社会がひっくり返ってしまったんだな…と遠い目になった。
※私は反マスクとかではないです、念のため…

松居大悟監督は元々舞台畑の人で、かつエキセントリックな情動を描くのが得意な人という印象があって(ゴジゲンの舞台を観たことがある、映画では『私たちのハァハァ』を観た、クリープハイプとはこの頃からの付き合いなんだな)、映画に対して繊細な心情描写を求める私にはなかなかドンピシャにハマらなさそうな雰囲気があったのだけど、本作は完全に私が好きなやつでしかなかった…こんな繊細な映画撮れるのかってびっくりしちゃった…。
主演二人の凄まじい演技力があってこそだと思うのだけど、恋愛の始まり方も最後のこじれ方もエグみのあるリアルさでウワーーーーッて胸掻きむしられてばかりでしんどかった…(褒めてます)。
直接的な性描写がない、のに一番幸せな時期のねっちょりした感じは胸焼けしそうなぐらいにしっかり表現されてるのもとてもよかった。


ラストで二人の現在の暮らしが初めてはっきりと提示されるんだけど、そこでやっと現れる『ちょっと思い出しただけ』というタイトルロールの破壊力がすごい。

後悔しているわけではない。
別れて正解だったと思ってる。
でも、毎年この日になると『ちょっと思い出す』。

そういうのってなんか罪悪感というか、別に引きずってるつもりないのになとか、未だに思い出しちゃうなんておかしいのかなとか思ってしまうけど、幸せだったんだから、忘れられない日なんだからしょうがないよね。
『ちょっと思い出す』だけなんだからそれでいいことにしといてほしい。
そうやって過去の恋愛を胸の奥底にしまって、そして時々ほじくり返して眺めながら生きてる人、(葉と照生と私以外にも)きっとたくさんいるよね…。

『ちょっと思い出しただけ』。
なんて切ないタイトルなんだろう。
ナミ

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