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オッペンハイマーのくまねこのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.6
「オッペンハイマー」クリストファー・ノーラン監督作を公開初日と2日目に鑑賞。
3/29丸の内ピカデリー DolbyCinema
3/30 T・ジョイPRINCEシネマ品川IMAX

予習として、NHK「映像の世紀 バタフライエフェクト マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」を視聴後に映画を鑑賞。マンハッタン計画、ロス・アモス実験場、トリニティ実験、等々の基礎知識を復習した。

理論物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー氏の挫折、苦悩、後悔と罪をほぼ本人視点で描いた伝記映画でもあり、終盤はポリティカルサスペンスの味わいも感じた。主演のキリアン・マーフィーが主演男優賞を獲得したのは十分に納得。静かながら凄い演技も見どころ。

序盤、オッペンハイマーの心象風景、核融合の脳内イメージの映像と重低音の轟音の洪水が驚くほど凄まじくて、早くも泣きそうになった。

ノーラン映画にしてはハイスピードな編集のカット割り、役者陣のセリフの多さ、膨大な情報量が印象に残る。

原爆を発明し、世界を救えると過信した男が、人間の本質を見誤り、世界を滅ぼすトリガーを引いてしまう、総じて絶望的なストーリーだと解した。

オッペンハイマー視点(カラー)、ルイス・ストローズ視点(モノクロ)のように、敵対する人物がそれぞれ矢面に立つ聴聞会と公聴会がシーン単位で合わせ鏡になる構成も興味深い。

マンハッタン計画を主導し、トリニティ実験を成功させたことで英雄になるが、戦後は原爆とは桁外れの威力を持つ水爆の開発に異義を唱え、結果として赤狩りの対象となる運命が切ない…

終盤、1954年の聴聞会でのロジャー・ロッブ(ジェイソン・クラーク)からの執拗な罵倒シーンに圧倒された。重厚なストリングスの劇伴は死を奏でるような凄まじさが表現されていた。攻撃されてるオッペンハイマーの死んだ眼が非常に印象的。

監督曰く、本作にメッセージは盛り込んでないと言うが、作品から滲み出るのは、世界の脆さ、権力と政治家の思惑、嫉妬、疑念、人間の弱さ、陰惨で暗い人類の未来を描いているように見えた。

「我は死神、世界の破壊者」
(I am become Death, the Destroyer of Worlds.)という彼の言葉は十字架の様に重くのしかかっていたのだろう…これは80年前の昔話ではなく、現代でも国際社会、世界が解決できない命題でもある。

オッペンハイマーは戦争を終わらせた英雄でもなく、悪魔の兵器の生みの親でもなく、苦悩しつづけたひとりの天才科学者だった。しかし結果的には権力者、政治家の都合の良い道具として利用された男でもあり、哀しさだけが残る。

鬼才としての映像作家、ノーラン監督のハイテンションな映像と音響芸術の洪水が圧倒的に迫ってくる様で終了後は茫然としてしまった。好き嫌いは分かれるがノーラン監督の最高傑作かもしれない。

(メモ)
本作のためだけに開発された65ミリカメラ用モノクロフィルムを用いており、史上初となるIMAXのモノクロ&アナログ撮影を実現した作品との事。
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