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イニシェリン島の精霊のmaverickのレビュー・感想・評価

イニシェリン島の精霊(2022年製作の映画)
4.6
監督は『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー。アイルランドの小さな孤島を舞台にした人間ドラマ。コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンが演じる二人の男の関係性に深く考えさせられる。


長らく親友だった相手から、突然絶縁される男の話。絶縁される側には心当たりがなく、当然ながら戸惑う。最初はそれが面白おかしく笑って観ていられるのだが、話はどんどん狂気じみてくる。人間関係の複雑さを感じて言葉を失うほどだ。

絶縁されるのはパードリックという男。コリン・ファレルが演じるこの男は温厚で陽気な性格であるが、少々抜けていて話の内容にも面白味がない。くだらない話に毎回何時間も費やすくらいに退屈な男である。対して絶縁する側は、ブレンダン・グリーソンが演じる知的なコルムという男。元々二人は親友で、酒場で毎度飲み明かす仲だった。それがある日突然、人が変わったようにコルムの態度が激変したというわけだ。

コルムがそうなった理由は早々に明かされる。理由自体はもっともなものだが、突然激変するには突拍子すぎる。昨日までは普通に付き合いがあったのに、いきなり口も聞きたくないと突き放すわけだ。観る側も当然最初は理解出来ない。それを丁寧に紐解いて作中で共感させていくわけだが、この作りが非常に上手い。コルムがそう思う気持ちも理解出来る。パードリックに悪気がないのもポイントで、だからこそ人間関係は難しいと感じる。コルムとパードリックと、この二人を取り巻く人々を含めた島全体の関係性が、社会においての人間関係として表現されている。どんどんエスカレートして狂気へと走る様も他人ごとではなく、どこかリアルと感じて恐ろしい。

これはいわゆる価値観の違いというやつだ。人は価値観が同じ人に惹かれる。友人であれ恋人であれ、だから好きになるわけで。けれどこの価値観は変化するものである。お互いに価値観が共通であれば関係性はずっと上手くいくが、一方が変わることによってそれが崩れるということはよくある。趣味が変わったり、考え方が変わったり。自然と疎遠になったり、うんざりするくらいに耐えられなくなって絶交したくなったりする。自分の人生で考えても、その都度で人間関係は変化してきた。自分が変化して相手と離れたこともあれば、自分はそのままなのに相手が変化して離れていったこともある。学生から社会人になったり、恋人が出来たり結婚したり子供が産まれたり。人生のそれらの大きな転機だけでなく、ふとしたことで価値観が変化することもあるわけだ。映画を観て考えが変わることもある。変化を望む人もいれば、変化を望まない人もいる。それが及ぼす影響を考えさせるような深い話である。

二人が対極的に描かれているだけでなく、共通点や繋がりの部分で関係性の深みを描いている点も見事だ。それがより複雑さを表している。二人にはこれまでの親友だった時間があるわけで。だが憎み切れない一方で、その関係性に決定的な亀裂が入って暴走したりもする。後半の展開はだから恐ろしい。親友であっても、恋人や親兄弟であっても相手を殺したいほど憎んでしまうのが人間というもの。そうなる過程の心理状態はこうなのだろうとぞっとする。

主演二人に負けない存在感の、妹役のケリー・コンドンの演技も光っていた。この妹の存在があるから作品への共感も増す。妹は自分勝手かもしれないが、それの何を責められようか。彼女の人生なのだから自由に生きればよい。そう思わせる演技に説得力があり素晴らしかった。バリー・コーガンも重要な立ち位置の役を熱演している。それぞれに深く屈折したものを持っている役柄で、キャストの演技力の高さが生かされている。


小さな島のコミュニティなのに、そこに社会全体の人間関係の複雑さを凝縮している。のどかな風景とは対称的で、そのギャップも良い。才能ある監督の下に集った実力派俳優たちの深みのあるドラマで素晴らしい。これは傑作だ。
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