ロアー

リトビネンコ暗殺のロアーのレビュー・感想・評価

リトビネンコ暗殺(2022年製作のドラマ)
4.3
たった4話の中で事件と人間ドラマが展開していて、すごく濃いドラマだった。
リトビネンコ本人、警察、弁護士、そしてリトビネンコの妻の立場から描かれたロシア=プーチンとの闘い。

デヴィテナ目当てという理由であれば、1話ですぐデヴィテナが退場しちゃうのは残念に思うはずだけど、むしろデヴィテナが出ていなければスルーしていたかも知れないドラマだったので、出会わせてくれてありがとうでした。
実在の殺人鬼を演じた「DES」でも普段とはまるで別人のような死んだ目をしているデヴィテナにびっくりしたけど、このリトビネンコ役でも「DES」とはまた違う、生命がすっかり抜け落ちてしまったような死んだ目をしたデヴィテナがいて、実際のリトビネンコの映像をそのまま完コピしたような役作りに圧倒されました。

リトビネンコの言い分を信じてくれなかった病院側の話を飛び越したところからドラマが始まるので、若干、周囲が良い人たち過ぎて脚色し過ぎでは?と疑ってしまったものの、実話ベースの作品には多かれ少なかれ必ず脚色やらバイアスやらパフォーマンスやらがつきもので、フィクションの方がよっぽど安心して観れるのは承知の上。
ただ、作品を観ている最中は、この作品こそ真実だと思って観ようと心がけているので、リトビネンコの周りに信念のある優秀な人たちが集まったことに感動しました。

ドラマのスタートは、誰も死んでいない殺人事件を調査するという前代未聞の状況。
まだ被害者は生きているが、死は確定してしまっている。しかも実行犯の裏側にいる黒幕は、現職大統領であるプーチンだと被害者自身がはっきり明言していているというあまりにきわど過ぎる事件。

国際問題にも発展しかねない上、邪魔な人間は殺せば言いという体制をロクに隠そうともしないロシアを敵に回すことになり、関係者全員がいつ命を奪われるかも知れない危険な状況。
どこかで誰かが諦めてしまえばなかったことになりかねない事件だったけど、最初に対応した刑事もその後に事件を引き継いだ上司も、人ひとりの命の価値をちゃんと理解している人たちで本当に良かった。
自国のど真ん中で、放射性物質による殺人事件が起きたという事実に対する憤りもあったんだろうな。

自らも被爆の恐れがありながら、死に向かうリトビネンコを思いやり、真実を追い求めた刑事。
ロシア側の舐めきった対応にも屈せず、何事もなかったことにはさせないという気概を叩きつけた上司。
後半に出てくる法廷弁護士のベンも、同義心を持ちながらも論理的な思考で語るという稀有な人物で、台詞のひとつひとつが本質をついていて、すごく頭が良いと分かる人だった。

1話目ラストのリトビネンコの遺言声明にすごく心を打たれて"今観るべきドラマ"という意味をかみしめたものの、堂々と戦争が行われている現状を思うと、プーチンの耳には何の声も届いてはいなかったんだと空しくなりました。
実はドキュメンタリー映画の「ナワリヌイ」もすごく気になってるんだけど、このナワリヌイもリトビネンコと同じ立場で、かろうじで毒に負けずに命を取り留めることができた人だそう。
リトビネンコの事件も2006年と決して昔のできことではないのに、ナワリヌイの事件はもっと新しい2020年のできごとなんだよね。

弁護士であるベンが戦い方のひとつとして示していた"待つ"ということ。
ロシアに避難の目が向く時を待って、すかさずこの事件のことを再び持ち出すという戦略が、地道でありながらも事件を風化させない的確な攻撃だと感じたし、このドラマもその援護射撃なのだと思うと、より一層観て良かったと思いました。

「私は絶対に諦めない」というリトビネンコの妻のこちらを見つめる強い視線が、いつまでも心に残って忘れられないドラマでした。
ロアー

ロアー