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エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのlotusのレビュー・感想・評価

4.5
アカデミー賞、ゴールデングローブ賞など、今年の賞レースを総なめにした感のある同作。

アメリカでは1年前に公開されて話題になっていたが、なかなか日本に来なかったので、劇場公開はないのだろうか。。と思っていたので、本当にうれしい。

ストーリーは簡単にいうと、中国系移民二世の中年女性で、コインランドリーを経営するエブリン・ウォンがマルチバースを経由して、現在の自分と和解するというのがメインの話だ。

このマルチバース(多元宇宙。あり得たかもしれない、別の自分の可能性)を経由して、というのが面白いところでもあり、話についていくのが大変なところでもあるが、エブリンを演じたミシェル・ヨーが「この役のためにキャリアを積んできたと言っても過言ではない」、と言っている通り、カンフーからシリアスなドラマなど、様々な役をやってきたミシェルだからこそ演じられた役と言ってよい。

制作費は26億円程度と言われており、ハリウッドでは超低予算映画に当たる。(といっても、日本では高予算になる。)

確かに画面を見ていると努力の跡が端々に見られる。けれども、豪華なVFXがなくても俳優の演技と工夫次第でここまでできるんだ!と思わせてくれる。

そして、確かに端々で予算がなかったんだろうな、と思う部分はあるのだけれど、映画好きの人たちを信じて作っているように感じられ、何よりも俳優たちや製作者たちが、映画が大好きで、映画にできることを信じて作っているのがよかった。

過去の名作へのオマージュもたくさんあり、愛に満ちた引用となっている。
個人的には、ウォン•カー•ウァイ風のバースがよかった(単にカー•ウァイのファンというのもあるが)。画面の色味やネオンなど、カー•ウァイ的世界が再現されている。(なんと、キー•ホイ•クァンはカー•ウァイ映画「2046」で裏方として働いていたことがあるらしい)

このバースでは、夫のレイモンドはおっちょこちょいでお人好しのレイモンドではなく、イケてる成功したCEOなのだが、大女優になっているエブリンに、「もし生まれ変わっても、君とランドリー経営をしたり、税務処理をしたりしたい」という口説き文句をいう。

何がすごいって、現実の世界では、それはすでに叶っているのだ。現実のレイモンドは、エブリンとランドリー経営をし、必死に税務署とやり取りしている。

もしも別の道を選んでいたら、というのは誰もが考えたことがあると思うが、現在の道を全力で肯定してくれる映画なのだ。

石のバースもお気に入りだが、あの演出にはやられた。現代でサイレント映画をやってしまったわけだが、2012年にアカデミー賞をとった「アーティスト」とは全く違うやり方でサイレントをやっており、この手があったか、という感じ。

喋れない石が荒野でサイレントで繰り広げていく会話には、なぜか涙が出た。

最後の方に出てくる、エブリンが若い頃、娘のジョイがまだよちよち歩きの頃の映像がホームビデオ的な映像で出てくるが、たとえようもなくエモい。逆光でやや明かる過ぎる画面の感じに、一気に自分の過去へと引き戻される感じがした。

いろんなバースで話が展開するので、話せることも無限にある気がするが、もう一つ付け加えるとすると、やはり主役をミシェル•ヨーがやったのがよかった。

当初、ジャッキー•チェン、つまり男性を主役に想定していたが、スケジュールが合わず、ミシェルになった。脚本は当初、男性主人公を想定して書かれていたはずだ。

しかし、上記の理由から、主人公が女性になり、その夫が図らずもヒロインのようになっている。

映画冒頭に、レイモンドがミシェルと税務署に入った時、高齢の夫婦が仲良さそうに互いを支え合うのをレイモンドがうらやましそうに見るシーンがある。

こういったシーンは通常、これまでの映画の中では女性に割り振られる役だ。

しかし、ミシェル•ヨーがアクションがバリバリに出来て、「ヒーロー」が出来てしまうゆえに、ヒロインとしての男役が誕生した。

レイモンドは今ひとつおっちょこちょいなのだが、税務署の担当者にクッキーを差し入れしたり、ランドリーに来た客のつまらない話を楽しそうに延々と聞いてあげたり、離婚を切り出すかどうか悩んで離婚届を握りしめるなど、これまでの映画ではあまり見なかった男性像が提示されている。

エブリンとジョブ•トゥパキ(実は娘のジョイ。)とのバトル•シーンで、レイモンドが「親切にしようよ!」と叫ぶシーンがある。

その言葉を聞いて、ジョブ•トゥパキやその敵と戦っていたエブリンは、戦うのではなく相手が本当に求めるものを与えることで対立から抜け出すことができる。

対立が融合になるのだ。あらゆる対立が融合になる様々なカットイメージの連続シーンが出てくるが、隕石が衝突するシーンの後に、エブリンとジョイが強く抱き合うシーンはショックを受けるような強い感動を受けた。

他にも、指がソーセージのバースや、ネズミではなくアライグマがコックの頭に棲みついているバースなど、話したいことはいくらでもある。

なんのことだかさっぱりわからないと思うが、とにかく見てみてほしい。
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