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アシスタントのlotusのレビュー・感想・評価

アシスタント(2019年製作の映画)
4.0
映画会社で働くアシスタント、ジェーンの1日を描く本作。多数の関係者への聞き取りを元に作られたフィクションだが、内容的には事実を元にして作られた「She Said(シー•セッド)」のB面的作品と位置付けられるかもしれない。

この映画を見始めですぐに気付くのは、主人公が雑用ばかりしているということだ。驚いたのが、コピーの仕事が多く、資料をしょっちゅう紙出ししていて、いつの時代だろうという感じがした。

どうやら彼女は映画会社の会長のアシスタントのようで、会長の資料の準備、部屋の片付け、出張や車の手配などが仕事なのだが、そのほか健康管理(薬の準備、使用済み注射器の廃棄)、奥さんの電話相手(というか、クレーム処理)などプライベートな領域にもわたる。

同僚は他に男性社員が2人。そして、幹部と思われる社員は全員男性だ。幹部社員の顔は主人公の顔がうつるフレーム内に収まることはない。そのような画面構成にすることによって、彼女の仕事が様々な重要な決定事項とは異なる領域にあることが示される。

まだ入社一年目であることを差し引いても、彼女は雑用ばかりだけでなく、女性がするべきと思われている仕事も当然のように押し付けられている。

面接に来た女性は当然のように彼女にコートを預けるし、廊下に落ちている誰かが捨てたカップを拾うのも彼女。エレベーターではボタンを押し、先に出るのは男性だ。男性はスマホを見続けていて、自分の作業を中断する必要がない生活を送っている。

他の社員が連れてきた子供の面倒を見るのも彼女だ。男性社員は騒ぐ子供を嫌そうに見て「勘弁してくれよ」と不満を述べるだけだ。

主人公は他の人のケアばかり押し付けられて、自分のご飯をしっかり食べる間もない。会社のキッチンで立ちながら朝食のシリアルを食べ、食い散らかしたものが残された会議室を片付けながら残り物のパンを昼ごはんとして口にしている。
自分のことは後回しで、相手のことばかり面倒を見ている。

彼女は自分の不満を口に出すことは許されない。しかし、会長と一緒に出張をするよう年配の社員に伝えた男性社員は彼女に不満な気持ちを文字通りぶつける。(出張を命じたのは彼女ではないのに)

会長も同様で、ちょっとでも気持ちを損ねると、電話ですぐに彼女を怒鳴りつけ、謝罪文を要求する。(完全にパワハラですね。)

その謝罪文を書き始めようとすると、同僚男性2人が背後から書き方を指示していく。彼女の理不尽だ、という気持ちは押し込められ、自分のものではない言葉をタイピングし、詫びの言葉を書き、今後は失望させません、と締めくくる。

先輩がすぐに文章を作れるところを見ると、会長の理不尽な怒りをうまく受け止め、宥めるのもこの部署の仕事の一環のようだ。

会長はさっきは言いすぎたね、と優しく謝る。会長の専属運転手は、「会長は君のことをよくやってるって言ってたよ」と伝えて来る。(怒鳴って謝る、というのは虐待者によくある行動形式ですね)

確かに彼女は朝から晩まで働いている。いつの日か映画プロデューサーになりたいからだ。よくやっている、と言葉をかけてくれるのはありがたいが、その言葉を理不尽さの埋め合わせとして受け止めてよいものだろうか?

ある日、新人の社員が入ってくる。若く美しく、けれども特に経歴のない女性だ。
とりあえず電話番から始めてくれればいいよ、と先輩がその女性に言う。
彼女のデスクの上にはパソコンはない。
職場は、ただ新しい女性が来たという事実を、なぜ、とか何のために、という疑問抜きで受け止めねばならない。

主人公は彼女が会長に性的搾取をされているのではと気づき、勇気を出して人事部に行く。その担当者は全くセクハラ窓口として相応しくない人物だ。

彼女の発言をきちんと聞かず、前のめりに言葉を被せて彼女の発言を防ぎ、自分のキャリアのことを考えろ、と彼女の考え方を軌道修正していく。

のみならず、君は会長のタイプじゃない、心配いらない、と付け加える。これまでにもセクハラはあったと認めたも同然だ。

そして、彼女が人事部に行ったことは、即座に同じ部署の先輩2人に連絡が行く。2人は言う。「困ったことがあるのなら、まず僕たちに言ってくれないと」

「困ったこと」は内々に処理されるべきなのだ。

おそらく、セクハラはこれだけではない。会長室で誰のものかわからないピアスを拾ったこともあったし、会長にスーツを届けに来た女性が手洗いで涙を拭っていたこともあった。

そういったことに気づくのは彼女だけだったのだろうか?

最後まで残業をして、他の部署の社員とエレベーターが一緒になる。
女性社員は彼女にうんざりした様子で言う。あの子はうまく利用するわ、と。
そう。会長がセクハラをしていることはみんな知っているのだ。人事部も、他部署の人も。これまでにもあったし、また一つ増えただけのことだ。

ジェーンは遅くまで働いた後、忘れていた父親の誕生日を祝うため電話をする。(自分の家族を気にかける時間も当然ない)
元気にしてるかい、希望の映画会社で働いているなんてすごいね。僕たちもワクワクするよ、と素直に娘の明るい将来を信じている。

ジェーンは客のいない暗いダイナーであまり美味しくはなさそうなマフィンを夕食がわりに食べている。

到底自分のキャリアが開かれそうにないとは父には言えない。パワハラ、セクハラでがんじがらめの職場とも言えない。

では、職場を去ればいいのだろうか。せっかく名門大学を出て、やっと希望の職種に着いたのに、まだ一年も経ってないのに辞められるだろうか。

この映画はある意味「She said 」よりも突き放した結末だ。彼女の職場は、ワインスタイン的なものに対峙し、糾弾するのではなく、全て所与のものとして、ただ受け入れている。
職場の誰もがパワハラ、セクハラを容認し、仕事の一環としてそのような環境に進んで適応している。

微かに感じる違和感や、ここにいてどうなるのだろうという不安は、向き合うのではなく、押し殺し、日常として受け入れて誰もが働いている。それが一番賢いやり方なのだと言わんばかりに。
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