耶馬英彦

エンパイア・オブ・ライトの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

エンパイア・オブ・ライト(2022年製作の映画)
4.0
 冒頭、雪が降る中を歩いて来たヒラリーが映画館の鍵を開け、次々に明かりを灯していく。カウンター、ショーケース、ロビー、そしてスクリーン。映画館の開館準備は、これから映画が上映されるのだという期待に満ちていて、とてもワクワクする。

 タイトルの「Empire of light」の意味が気になる。今のところは「明かりが灯ったエンパイア館」だ。「光のエンパイア館」ではない。「光」は何の光のことなのだろう。

 ウィスタン・ヒュー・オーデンというイギリスの詩人の詩が紹介される場面がある。この詩人については詩集を1冊だけ読んだことがある。「Collected Shorter Poems」として1950年に発表された詩集だ。翻訳は深瀬基寛。大江健三郎が紹介していたので読んでみた。大江の小説「見る前に跳べ」は、オーデンの詩のタイトルのひとつである。本作品で紹介された詩は掲載されていないが、オーデンらしい軽い語り口で人生の本質を縁取って見せた小篇である。

 ヒラリーが「映画を見せて」というシーンが素晴らしい。このシーンに至るまで、様々な「光」が紹介される。大晦日の花火、映写機から出る光と闇。明かりを消した浴室の蝋燭の光。特に映写機の光は、過去と未来を飛び越えて、人間の真実を描き出す。出逢いと別れ、そして時の流れ。ヒラリーには苦痛でしかなかったそれらのことが、映画では迫真のドラマとして光り輝く。

 人生は美しい。それは光に満ちている。光は闇を凌駕するのだ。本作品は冬から夏へかけての情景を描いている。ラストシーンは秋。秋は別れと出発の季節だ。闇の中で生きてきたヒラリーの人生に、漸く光が差したのである。オリヴィア・コールマンの名演に感動した。
耶馬英彦

耶馬英彦