Rick

TAR/ターのRickのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.3
 上手くいっていたはずなのに、少しずつ狂っていくリズム、テンポ、歯車。もちろん厳しさはあったかもしれない、でも悪いことはしていないはず。私情を挟んだつもりはない、努力もしてきたはずなのに。そんな焦りと困惑と憤りと、言い訳が渦巻く2時間半。通常のリズムで始まったはずのカット割りも、状況が悪化するにつれどんどん早く、不協和音に。それでいて奇妙にドライブしていく面白さに惹きつけられる。
 全編が信頼できない語り手、ターの目を通して描かれるため、実際どのようなことが起こったのかは具体的には明らかにされないが、端々から全体像を描くことはできる。ターの行き着く先を狂気と呼ぶにはあまりに痛ましく、哀れにすら思えてくる。メトロノームの音、雑踏の中微かに聞こえる悲鳴、水溜りを踏む何かの足音、妙に響く冷蔵庫の動作音、意味ありげに主張してくる網目模様。日常の中に潜む何気ないことすらも、すり減っている時には全てが牙を剥いてくるようである。劇場を出た時、異常に耳が活性化していて、ありとあらゆる音が飛び込んでくる錯覚があった。
 ケイト・ブランシェットの鬼気迫る凄みを是非体感してほしいところ。
Rick

Rick