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TAR/ターのRenのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
3.0
創作なのに実在人物の伝記に感じられるような人物造形、ケイト・ブランシェットの演技と脚本の練り込みが圧巻。この人ならこうするだろうな、への気の遠くなる執着が創り上げた超現実的なフィクション。凄さは分かる。

リディア・ターなる女性指揮者目線の話でしかない。なのに、いや、だからこそ直線的な感じがしない。現実と同じように、白黒でベッタリと塗り分けた世界の話ではない。事実ベースで見た場合、今彼女の身に起きている事象の真偽や責任の所在はぼやかされ続ける。でもター自身には明らかに落ち度はあるということだけが分かる。
近年の傑作『怪物』とは真逆のアプローチだ。あらゆる角度から照射することで世界の/人の非線形性を炙り出すのではなく、一人の視点しか無いからこそ解釈の余地を残す。

あるカルチャー(の第一線で活躍する人物)の栄光と没落を長尺で描く映画は数多あるが、今作もその一派。
時代と、時代の中で自身の特権性に胡座をかいていたが故の破滅。彼女自身の「表現者は作品でのみ見られるべきだという政治的な無関心」「過剰な自信→攻撃性のすり替わり」への問題提起の話だが、この時代でなかったら最期まで偉人として残っていたのでは、と少し考えてしまう。歴史伝記ものに見せかけてとことん現代の映画だ。

一貫して感じたのは、「監督者・統率者・リーダーって本当にそんなに偉いのかよ」という監督の自戒にも取れるメッセージだった。いや、もちろん偉いのだけど、それは彼/彼女の統率の元にいる表現者たちを透明化し差し置いてまで崇め奉るに足る存在だろうか?という問いだ。その場の時空間を支配する指揮者はその象徴だろう。
映画は約5分のスタッフクレジットから始まる。ギャスパー・ノエ的な天邪鬼演出かな?とも思うが、「監督や俳優など、作品の "顔" の裏にいる作品の立役者を忘れるな」というメッセージに見える。

意外と想像できなかったラスト。自業自得の末路にも取れるが、自分は希望だと思う。権力として生きてきた存在が、そうでない世界を見つけたことへの希望だ。自分が指揮者として、才能を取捨選択し演奏者の人生を掌握していたことへの邪悪さに気づく。納得の嘔吐。ターが生きてきたような世界は当然あるが、そうでない世界も開かれたことへのカタルシスがある。

劇映画としては何も起こらない時間が長くて退屈さを感じてしまったけど、考えれば考えるほどこの映画の秘められたパワーを実感する。今となっては良作。

その他、
○ 地下通路?のホラー的シーン、意味はよく分かっていないけど分かりやすく怖くて(特に怖くない)よかった。
○ ノエミ・メルランの目力と横顔力が好きだ。『燃ゆる女の肖像』で分かってたことだけど....。
○ 技術賞でノミネートされるべきは撮影賞より音響賞だったのでは....?(撮影賞の枠は『トップガン マーヴェリック』に譲ったってくれても)
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