kekq

TAR/ターのkekqのネタバレレビュー・内容・結末

TAR/ター(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

絶頂と転落。何かが起きそうで起きない細切れのカットと意味深なセリフのオンパレード。あまりにも不可解なラストを見終わった後、無限に解釈と考察が可能なとんでもない作品であることに気が付いた。

多くの人がさまざまな見解を述べていてとても面白いが「なぜオープニングが逆回しのエンドロールで始まるのか?」を考え続けたところ、作品の時間構造を支配する二つの仮説に辿り着いた。

ひとつは、リディア・ターの栄光の半生を綴った壮大な映画の"続編"である、という仮説だ。存在しない一本目の映画が終わり、二本目の映画を私たちは見せられているという構造。この時点でだいぶヤバい。
一本目の物語は二つの主軸からなり、リディアがクラシック界でいかに頂点を極めたかというサクセスストーリーと、フランチェスカ、クリスタ、シャロンの女性三人を巡るドロドロの愛憎劇で構成されている。
前者は冒頭で司会者から丁寧に説明される一方、後者はプロットが進むにつれて断片がつながり、過去に何があったかがある程度明らかになっていく。

本編では絶頂から転落し、再起までが描かれているが、絶頂に登り詰めるまでの前日譚はたしかに存在したはずである。

そしてもうひとつは、この本編は、音楽との出会いから絶頂に至るまでの"架空の前編を後ろ向きにトレースしている"という仮説だ。少し何を言っているのかわからないと思うが「メメント」や「ちょっと、思い出しただけ」のような時間逆行映画のものすごくわかりにくい版というと伝わるだろうか?

物語の後半でリディアは得たもののすべてを失っていくが、大きくはフランチェスカ、シャロン、仕事場、オーケストラであり、クリスタは自殺することでリディアを追い詰め、むしろ存在感を強めている。
最後には実家に戻り幼い時に見たバーンスタインの言葉に涙するが、この体験が音楽家としての起点である。
幼少期にバーンスタインと出会い、その後オーケストラ、仕事場、シャロン、(クリスタ?)、フランチェスカの順に出会ったとすると妙に納得がいく。そして映画を逆行した果てにエンドロールが存在するとすれば完全に符合してしまうのだ。

つまり、対称となる二本の映画が順行と逆光で同時に進行しているというのがこの「TAR」を支配する大きな時間構造、という話だ。なんの説明もない「TENET」じゃないか…。

興味深いのが仕事場の存在で、この映画に不釣り合いでいかにも汚らわしい大家の親娘が後半に不吉の象徴のように主張を強めてくる。
たとえば、リディアが仕事場を構えた当初はこの大家親娘がベルリンに高級マンションを所有する勝ち組として裕福な暮らしをしていたらどうだろう?
リディアの転落とともに大家は落ちぶれ果てた末に死を迎え、介護をしていた娘も精神に異常をきたしてマンションごと無くなってしまう。
大家はリディアをおおらかに支えてきた音楽そのものであり、娘はリディアの生き写しのメタファーだ。まさに直後にリディアは正気を失い音楽のすべても失っている。
死んだ大家を運ぶシーンでリディアが階段の下から娘を見上げるシーンは「先に行くぞ」と言わんばかりで凄まじい。

このように二本の映画が逆向きに併存している仮説はこのテキストをいくらでも膨らませてくれるが(「Rat on Rat」とかも裏付けにつながる演出)、あくまでもテレビのバーンスタインを眺めるシーンが始まりであり、終わりである。
面白いのは、そこからあのとんでもないラストを迎えるまでのプロセスだ。

テレビを見た後、リディアは父親とばったり出くわす。父はリディアが来ることが分かっていたと語り「お前は自分の人生(Where you come from and where you're going)をわかっていない」と言い捨てる。
その後、フィリピンでモンハンのコンサートに挑むのだが、これを転落した巨匠が鉄の精神でゼロからやり直すというストレートな解釈はできるし、他の解釈もできる。もっと宗教的な解釈だ。

物語の中でリディアは人を支配し、音を支配し、時間を支配することで自分を神のような存在であると錯覚し始める。旧約聖書で神に近づこうとするものには神罰が下り、困難な道を進むことを余儀なくされてしまうのは有名なくだりだ。

リディアの実家で父なるものは、リディアに家にこもる(幼少期より前の状態に戻る≒死ぬ)かどうかを尋ねた。彼女は無自覚に死を拒絶し、まったく新しい形で生きることを運命づけられる。
マッサージ店のシーンではあたかもオーケストラの指揮者のように人を選別し支配する行為に拒絶反応を示し、ラストでは時間のコントロールが許されない完全に被造された世界でヘッドホンの指示に支配され、人ならざる観客たちを相手に満たされた表情でタクトを振る。
もはや一義的に言語化はできないが、最高に粋で皮肉なラストなのは間違いない。

SNSやキャンセルカルチャー、性差別など現代的なメッセージも膨大に含んでいるが、それ以上のレベルでもここまでわけのわからないトリックを無限に仕込んでいる。面白すぎる。なんというエンターテインメントだ。
kekq

kekq