Shingo

レジェンド・オブ・クロー 九陰白骨爪のShingoのレビュー・感想・評価

3.0
レビュー少なっ!
まあ、本作は金庸の武侠小説「射鵰英雄伝」のスピンオフ作品であり、原作を知らずに見ても「何のこっちゃ」となりかねないので、仕方がないところではあるが…。

1級のエンタメとは言い難いが、スピンオフとしては、なかなか面白い作品だったと思う。というのも、「射鵰英雄伝」ではどっちかと言えば悪役だった東邪・黄薬師と梅超風が主人公で、しかも師弟のラブロマンスにアレンジされている。アクションシーンはやや抑えめで、二人がすれ違い、悲しい運命に翻弄される様子が描かれる。

それでいて、原作の筋立てには意外なほど忠実で、大まかな流れは同じと言っていい。最後のバトルでは本来、全真教と戦うところを、西毒・欧陽鋒と郭靖・黄蓉、江南七怪を登場させているが、映画1本に収めるためには必要な改変だろう。原作のファンであれば、ここで郭靖・黄蓉や、楊康が登場するのは、嬉しいサプライズであったはずだ。

東邪・西毒と言えば、ウォン・ガーワイの「東邪西毒~楽園の瑕~」があげられる。もちろん、同じ「射鵰英雄伝」を原案とした一本だが、本作とは全くテイストが異なる。江湖でも指折りの達人である黄薬師、欧陽鋒の若かりし頃が描かれ、彼らがいかにして東邪・西毒になったのかが明かされるストーリーだが、やはり原作を知らずに見ると、どこが面白いのかわかりづらい。

この感じは、どこかアメコミを原作とした昨今のMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)を思い起こさせる。金庸の武侠小説には、多種多様な武術の達人が無数に登場し、それぞれが主人公として活躍できるくらいの魅力を持っている。今後も、金庸や梁羽生、古龍などの著した武侠の世界が、実写映画やアニメとして量産されていくだろう。
しかし、原作を読み込んで、各登場人物のバックグラウンドや、人物の相関図を頭に入れておかないと、世界観を十分に楽しめない嫌いはある。
MCUも、原作ファンをうならせる仕掛けを随所に仕掛けているが、原作を知らずに見ている層には、それの何が面白いのかわからないところがある。

本作には、「九陰真経」「九陰白骨爪」のような武術の奥義書や技名、あるいは「全真教」「北丐・洪七公」「南帝」「江南七怪」などの江湖の組織名や人物名が登場するが、その多くは「すでに知っているもの」として説明はされない。私はおおよそ把握していたので、「おお、今度は江南七怪の登場か!」などとワクワクしながら鑑賞したのだが、初見の人には、そういう楽しみ方はできない。

また、主役の梅超風は、タイトルにもある「九陰白骨爪」という大技を使うが、それ以外にも「摧心掌」「弾指神通」「毒龍鞭法」の使い手であり、その全てが本編で披露されているのも嬉しい。
「弾指神通」は師・黄薬師の得意技でもあるが、積み上げた石を、指で弾いた小石で、だるま落としのように崩していく場面などは、なかなか楽しめた。

原作では、偏屈王の黄薬師に嫌気がさして、兄弟子と共に桜花島を出て行ってしまう梅超風だが、本作では黄薬師に恋焦がれているものの、その想いを無視して妻を娶った黄薬師へ反発するように、島を後にする。
兄弟子である陳玄風は梅超風に恋をしており、いわゆる三角関係になっている。全体的にみんな、原作よりも「いい人」にアレンジされていて、原作の「黒風双殺」の面影はない。
大学の教授に恋してしまったけど受け入れてもらえず、同級生の男の子と駆け落ちしてしまったみたいな、そんなノリだ。

しかし、黄薬師が妻を娶ったのは、あくまで「九陰真経」を手に入れ、江湖一の武術の達人になるため。「私は妻に負けたのか、武術に負けたのか」と思い悩むくだりは、なかなかうまいストーリー運びに感じた。
陳玄風がついに梅超風と結ばれるも、たった一日で命を落とすあたりも、ベタながら泣ける展開。洞窟に蝋燭を灯し、結婚式をあげるシーンも良かった。

桜花島に戻った梅超風が、幼い黄蓉と出会うのも、原作ファンには憎い演出。夫を失い、失意のどん底にいる時に、かつての想い人の娘に出会ってしまうのだから、これはツライ。しかも、岩壁から自分の名前が削り取られているのを知るという…。
闇落ちした梅超風に師事した楊康が、ヴィランになっていくのも当然であろう。
それでも、黄薬師への想いと、仲間を裏切った責任は忘れておらず、最後には命をもって償う場面は、胸にせまるものがあった。

日本には優れたコンテンツがたくさんあるが、アメコミや武侠小説のような「ネタ元」には乏しいと感じる。
中国は、三国志も西遊記も封神演義もあり、さらに武侠の世界があり、近年は「三体」のようなSF小説でも頭角を表していて、ネタ元には困らない状況。

日本にも世界に誇れる文学はあるが、いかんせんエンタメ向きとはいいがたい。南総里見八犬伝などもあるが、八犬士の一人を主人公にスピンオフを作っても、人気は出そうにないし…(石川優吾「BABEL」も打ち切り終了みたいな感じで残念)。江戸川乱歩なども、今の若い人にはどこまで通用するだろうか。
そういう意味では、文化資本の豊富な中国は羨ましい限りだ。
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