Shingo

アナログのShingoのレビュー・感想・評価

アナログ(2023年製作の映画)
3.0
アナログというかアナクロな純愛を描きたかったのかな?
「こういうのを愛って言うのかな」というハマ・オカモトの台詞に象徴されるように。

自分が考えるアナログと、本作で描写されるアナログがどうも噛み合わない感じはした。悟は自炊派で、豆苗を台所で栽培するような”丁寧な暮らし”をしている様子が窺える。新鮮なきゅうりを切って一切れつまみ「うん、うまい」って顔をしたり、みそ汁をすすって目を細める。
しかし、私がイメージするアナログはきゅうりをぬか床に漬けたり、ちゃぶ台で飯を食うような生活であり、おしゃれ感を漂わせるものではない。

また、悟が勤務する建築事務所は現代的で、彼がPCを使わず鉛筆でスケッチしていても、エルゴトロンのモニターアームを使っているおしゃれ感の方が優ってしまう。服装も、無地のTシャツにジャケットを合わせ、足下はスニーカー。40に手が届く男としてはやや若作りに見える。
ニノが主演だから仕方ないのかも知れないが、そのおしゃれ感が邪魔をしてアナログな男にはどうしても見えないのだ。

つまり、私のイメージするアナログとは「カッコ悪い」のである。
北野武の原作も、本来ならそういう描き方をされているのではないか。高倉健のような”不器用な男”が、昔ながらのスタイルで惚れた女に心を尽くす。それをものすごく現代的にリファインしたらこうなりましたという印象を受けた。

全体的に抑制が効いて、余計なセリフを言わせないのはよかった。
ピアノのマスターも最低限のことしか言わないし、みゆきの姉が悟に日記を見せる場面でも、ニノはただ涙を流してうなづくのみ。あの場面であれこれ自分の気持ちを話し始めたら興ざめだろう。

ただ、人物描写が記号的なのはちょっと気になった。特にみゆきは正体を隠していることもあってか、ものすごく欠点のない人のように映る。きれいで清楚で奥ゆかしい、しかも悲劇のヒロインでもある。
木曜日の逢瀬で少しずつ距離が縮まっていく過程は微笑ましいものだが、それは彼女が他の男に容易になびかない安心感があるからだろう。

映画冒頭の、観客のいないステージでの演奏は、何を意味するのか。
みゆきは事故で脳を損傷し、意識が低下した状態になってしまうが、「観客のいないステージ」はその意識状態を表現しているように思える。目は開いているが、認識はしていない。誰もいない場所に1人でいる。
その客席に、いつのまにか悟が座ってこっちを見ている。

「今日は木曜日…?」
「今日から毎日、木曜日です」

このやりとりはすごく良かったし、このセリフのためにすべての場面があったんだなと思う。
また同時に、ドイツから帰ってきて他者を遠ざけていた彼女の世界が、悟との出会いで再び開かれたことと重ね合わされている。

すごく美しい話ではあるんだけど、美しすぎて現実味がないようにも感じた。これが実話をもとにしていて、実際にこういう奇跡があったんですというなら何もいうことはないけれども、フィクションとしては綺麗すぎるかなと…。それはやはり、私のアナログ感が「カッコ悪さ」と結びついていて、このおしゃれでキレイな世界にはそぐわない気がしてしまったせいだと思う。

あと、バイオリンつながりで言えば『G線上のあなたと私』の波留の方が好き。
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