Yuki

ザ・ホエールのYukiのネタバレレビュー・内容・結末

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

現時点で今年のマイベストムービー!
「だから、人は素晴らしい」

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アカデミー賞授賞式をパブリックビューイングで見ていて、どうしても気になっていたこの映画。
というのも、主要部門やその他の俳優部門はエブエブがほとんどかっさらい、エブエブ旋風が吹き荒れるなか、その主要部門のエブエブ旋風の牙城を崩したのが、ブレンダン・フレイザー、彼の最優秀主演男優賞受賞だった。

という前置きが私のなかであり、とても楽しみに117分の映画を観たのだが、予想を鮮やかに裏切る作品であった。
この作品で素晴らしいのはブレンダン・フレイザーの演技だけではなく、内容・構成・主題、すべてが素晴らしかったからだ。

この映画を観て感じたことをいくつか書いていく。

まず、ひとつ目。
言わずもがな、ブレンダン・フレイザーの演技が良かった。
思っていた以上に良かった。
4時間かけて特殊メイクをほどこし、272kgの巨体となってそこにいる。
その状態で演技をすることはさぞかし大変なことだろう。
それだけ自分とは違う何かをまとっているのだから、身体の感覚も違うだろうし、感覚が違えば表情に微細な違和感が出てもおかしくなさそうだ。だが、彼は見事に272kgの孤独な_もはや彼自身が鯨のような_男を演じきっている。
喜怒哀楽を細かに演じ分けている凄みを、スクリーンから感じる。
娘・エリーに会うまでの準備〜実際に目の当たりにしたシーンの目はどのシーンより輝いていて希望を含んでいた。
そんな嬉しいシーンでの咳き込み方、悲しさ・辛さを感じているシーンでの咳き込み方や表情、そのすべてが微細に違うのだ。
すべてのシーンでの喜怒哀楽がより細かに分類されて、すべてのシーンで初めてこんな表情を見るんじゃないかという繊細で新鮮なブレンダンが見られる。

そして、驚いたのが、演技力のみならず作品の良さだ。
この物語には、チャーリーの生徒を除くと7人の人物しか登場しない。
さらに、この物語はすべて、チャーリーの家の中だけで完結しており、場所の変わり映えがしない。
この構成であることによって、極めて少ない人物との関係性と情報量で展開していくのだが、飽きのこない117分なのだ。

それは、主題が"人"と"人生"に焦点が置かれているからこそ、成立していると感じた。

主人公のチャーリーはオンライン講師としてエッセイの添削を生業としているのだが、チャーリーはエッセイというものを通して、対象となる相手の本心を知ることに価値や面白さを感じている。
そして、その行為を通して、人と繋がること・愛を与えることをしてきたのだと感じた。

そしてそれは、愛する娘・エリーに対してもそうであるし、彼は命を持って、愛をエリーに注いだのだと思う。
それが、彼が信じたかった希望なのだと思う。

その他の主人公も、それぞれ人との繋がり方を持っていて。
例えばリズはチャーリーの病状を知り、看病をしながらも、良くないジャンキーな食べ物を渡し続けることで愛を伝える。
娘のリズは一見傷つけているように見えている言動で宣教師を救い、愛を渡した。
母は、チャーリーが捨てた8才の娘を立派に育てようとひとりでボロボロになりながらも育てたことがチャーリーとリズに対する愛の形だった。

映画の中で一番響いたセリフが
チャーリーが言っていた
「みんな人は誰かを気にせずにはいられない。
だから人はみんな素晴らしいんだ。」というセリフ。

この言葉を聞いた瞬間、涙が止まらなくなった。
人の愛し方はそれぞれかもしれない。
誰もが器用に人を愛せないかもしれない。
けれども、自分なりに誰かのためになりたくて(ある人は自分のことよりも相手のことなら進んでケアできるくらい)、愛を与えたくて、それをするために生きているのかも知れない。

生きていれば、人間は皆ひとりだなと思うこ瞬間もあれば、皆つながっていてひとりじゃないなと思うこともある。その絶望と希望が映像化されているのがこの映画の良さだと感じた。
みんな愛されたい、こうして欲しかった、愛が欲しかったと思っているけど、それとおんなじくらい誰かが気になって、知らぬうちに愛を与えてたりするものだ、と。
だからやっぱり人間って素晴らしいし、愛なんだなって感じた。

映画全体としては、最初に詩を読んで、死にそうと思った時に宣教師に詩を読んでもらい、そして最後はエリーが詩を読むという構成になっている。いかに彼が娘のことを想い、娘は素晴らしいと信じ、それを本人にも存分に伝えたいという、とにかく父・チャーリーから娘・エリーへの愛のシャワーなのだが、その愛だけでなく、ひとりひとりの愛を私は感じた。

また、映画の作り方が本当に素晴らしく、前述したように、視覚的な情報が極めて少ない。
過去の話をしても、回想があるのは家族3人で昔行った海のシーンのみ。(ここが海ということがまた鯨に紐付いていて良い)
それなのに成立している作りが良い。無駄なものをすべて省いてあるから、想像力が掻き立てられる。
そして、音楽も良い。
冒頭のシーンでは、まさに海で鯨が鳴くような音楽を使っているし、なんどもチャーリー自身が鯨に見え、チャーリーの家が海のように感じるような音響効果を取り入れている。
比較的雨の日が多いのも、なんだか海を彷彿とさせる。

この作品を見て思い出した映画がある。
2021年、最優秀主演男優賞受賞アントニー・ホプキンス主演の「ファーザー」である。
この作品とはいくつか共通点があると感じた。
・アカデミー賞最優秀主演男優賞
・演劇作品の映画化
・登場人物の少なさと場展の少なさ
こちらも家族を主題としている映画なので気になる人は見てもらえるといい。

最後に、この作品に出会えてとても幸せだ。
私自身、自分の本当の想いと向き合うことを諦めずに、自分の想いを信じ続けたい。そして、人を気にせずにはいられないこの人生を愛し、全うしたい。

この映画の感想が、私の正直な想いとして、天国のチャーリーに伝わりますように。
Yuki

Yuki