グラビティボルト

ザ・ホエールのグラビティボルトのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
3.7
「ブラックスワン」でナタリー・ポートマン演じるバレリーナの悲鳴を上げる爪先にやたらと寄って痛覚を強調していた
ダーレン・アロノフスキーが肥満体の男を撮る。
となれば、当然これまでのようにグロテスクに疲弊していく肉体のクローズアップで攻めた映画になるに違いないという先入観を見事に打ち破ってくれた。
これだから新作映画を観るのは止められんのよ。

肥満した肉体は勿論映されるんだけど、
あくまでも強調されるのは自重に耐えかねて悲鳴を上げる男の細部ではなく、動けない男に対して悠々と、あるいは苛立たし気に歩いたり座ったりしながら対話する訪問者との距離感だ。
スタンダードサイズの画面で切り取られる手前と奥の構図が忘れ難い。
特にぐったり、でっぷりとソファに沈み込んだ男を手前になめて、最奥の玄関に立つ娘や看護師、宣教師を捉えたショットね。
徹底した室内劇であるが故に屋外の天候がすぐ分からなくて、訪問者がドアを開けた瞬間に音響、外光の色で外がわかるように撮られているのでドアを開ける動作がそれだけに終わらず、二重に演出が重なっている。
ドアの開閉の音が彼彼女らの内面を、天候が情感を意識させる。 
肥大した身体はあくまで事実として気持ち引いたショットで捉えられ、シビアに強調されるのは彼と対面する人物の反応だ。

あと、肥満したブレンダン・フレイザーの身体を憎しみを持って周回しながら見詰める娘の主観ショットが何回か入るんだけど、彼の極端に肥大した身体を見詰めて回っていくと当人の状況とは全く合致しない、恐ろしいほどに澄んだ瞳と対峙する事になってしまう。 
この瞳の美しさに娘は、映画は特に言及しないけど、彼女がより過激に父親を詰り、ソファの背を向けて避けようとするのは、あんだけ憎しみをぶつけながら訪問し続けるのは、あの瞳の美しさに惹かれ、縋ってしまったからに他ならない。
んで、この瞳に「レクイエム〜」のジャケットみたいにズームしないのも最高。
役者をシレッと信じている。
このフレイザーの神々しさすら帯びた瞳の美しさがあるから、ラストのあの光の中で真正面から対面するショットがちゃんと冴える。
ホン・チャウ演じる看護師と、
タイ・シンプキンス演じる宣教師がバルコニーで話す場面も印象的で、看護師が椅子を持ち上げて宣教師に向きあい、追い詰めようとする場面も、椅子を持ち上げる動作を背後から捉えたショットがちゃんと怖い。役者の背中の表現力がすげぇし、日常的な動作をちゃんとアクションとして撮ろうとしている。

これまでのアロノフスキー映画の撮影と同じく、マシュー・リバティークといういつメンが撮影をしてるのに、これまでの映画と違い端から端までオーセンティックな新作を引っ張ってきた事に驚きを禁じ得ない。
あと、過去のアロノフスキー映画と対比して興味深いのは、ラストだよね。
「レスラー」も「ブラックスワン」も限界まで自己破壊を繰り返した主役が落下していくショットだったけど、今回は逆に上昇していく肉体を捉えたショットで締められる。