くまちゃん

MEN 同じ顔の男たちのくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

MEN 同じ顔の男たち(2022年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

小説家、脚本家として知られたアレックス・ガーランドは「エクス・マキナ」「アナイアレイション-全滅領域-」にて監督としても手腕を発揮し多方面から高評価を受けている。アレックス・ガーランドの独特な映像美は不可解な状況と自然美のアンバランスさを際立たせ、ハーパーの目に映る世界を不条理という名の暗幕で静かに優しく包み込む。この喩えようのない不安感はダーレン・アロノフスキーの「マザー!」にも似ているかもしれない。

ロンドンでの生活はハーパーにとって辛いものだった。離婚話が拗れ、夫が眼前で死んだのだから。事故か自殺かはわからない。左手は裂け、右足首は折れ、全身傷だらけ、その最期は見るも無残なものだった。一度は愛し、将来を誓いあった相手の死はハーパーを深く傷つけた。生前、夫のジェームズは死を仄めかす発言を残している。離婚するなら自殺すると。二人の間に何があって揉めたのかはわからない。だが、絶対に別れたくないジェームズの粘着質な性格と、ハーパーが友人へ送った彼が怖いというメッセージ、激昂したジェームズが咄嗟にふるった唯一の暴力から推測するに、高圧的な態度と乱暴な言葉遣い、非常識な束縛等、精神的な家庭内暴力のようなものがあったのだろう。

ハーパーは心の回復を兼ねて田舎のカントリーハウスを訪れる。都会の喧騒とは無縁の閑静な村。管理人のジェフリーは少し変わっているが悪い人ではなさそうだ。ここなら全てを忘れることはできなくても傷の上にかさぶたを作るぐらいの時間はできるだろう。
のどかな畦道も、優しく包み込む木々も、しとしとと降りしきる雨も、轟く雷鳴もすべてが新鮮でハーパーの傷ついた心を少しずつだが確実に癒やした。ハーパー自身深緑のコートを羽織い、まるで自然との調和を求めているかのようだ。
トンネルに反響する自分の声は割増で美声に聞こえる。それがなんだかおかしくて翳りのある表情から笑顔がこぼれた。

探索の帰り。浮浪者のような全裸の中年男性がいた。その男はあろうことにカントリーハウスの敷地内を彷徨いている。通報したら警察はすぐに男を確保してくれた。その迅速な対応と女性警官の言葉に安堵する。ストーカーなのか、変質者なのか。

この村は何かおかしい。そう感じるのにそれほどの時間は要しなかった。ある少年はハーパーへかくれんぼを持ちかけ、断ると悪態を吐いた。司祭は苦悩を聞いてくれると言いながらジェームズが自殺したのはハーパーの不寛容が原因だと責める。警察官は件の不審者を早々に釈放したと述べる。何もかもが噛み合わず、全ての事象はハーパーを次第に追い詰めていく。さらにこの村の男性は全てジェフリーと同じ顔をしているのだ。この直接的な害はないがずっと心をもやもやさせられる不快感。これはハーパーだけでなくスクリーンを超えて観客にも伝播する。

同じ顔を持つ不審な男たちはジワジワとハーパーを蝕んでいく。ドアの玄関ポストから伸びてくる手はハーパーの手首を掴む。呆然としながらも尋常ではない握力に包丁を突き刺す。手は離れた。しかし痛みを感じてるのだろうか。包丁が突き立てられた腕は力任せにポストから引き抜かれていく。肉が裂けることなどお構いなしに。

少年も司祭もジェフリーも腕が裂けていた。あの全裸男と同一人物なのか。いやその表現は正しくない。彼等は精神性を共有しているに過ぎないのだ。この男たちは腕が裂け、右足首が折れていた。自殺したジェームズと同じ損傷を受けている。ジェームズは自分が死ぬことでハーパーを永久に束縛しようとした。この罪悪感からは逃れられない。ジェームズの影はタンポポの種子に乗ってやってきたのか、禁断の果実を口にした天罰なのか。顔面萌芽した男からは少年が生まれ、少年からは司祭が生まれ、司祭からはジェフリーが、、、
出産の持つ神秘性と生々しさ、グロテスクさをありありと演出する悪趣味な人間マトリョーシカのラストを飾るのはやはりジェームズであった。言葉は当人が死ぬことで残された者の心にしつこくこびりつく。それを人は呪いと呼ぶのである。
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