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アダミアニ 祈りの谷のfujisanのレビュー・感想・評価

アダミアニ 祈りの谷(2021年製作の映画)
3.7
世界の縮図、コーカサス地方のパンキシ渓谷に差す、一筋の光明

黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方。南はトルコ、北はロシアと国境を接するジョージア(旧国名:グルジア)にある、パンキシ渓谷。

北側をロシアのチェチェン共和国と接していることで、チェチェン共和国内の独立派の過激派集団が起こすテロや内戦によって、渓谷へは難民が流入。

さらに、国を追われた過激派民兵の逃げ場所にもなってしまったことで、その後彼らが起こす麻薬取引や旅行者や政府職員の誘拐などの騒動により治安が悪化。国際的にも『テロの温床』とみなされてしまった地域でもあります。

パンキシ渓谷に住むキスト人は民族的にはチェチェン人とルーツが近く、キリスト教が多数を占めるジョージアの中にあってほぼ全員がイスラム教を信じていることからも、ロシアのチェチェンと近い地域。

また、一般的にチェチェン人は勇猛果敢な民族と言われており、今も自らの国を超えてウクライナやシリアで武装民兵として戦っていることが示すように、戦いに生きる人たちでもあります。

そのため、痩せた土地で産業の無いパンキシ渓谷で生まれた男性の多くはチェチェンやシリアなどに戦いに出てしまい、その多くは戦いの中で命を落としているため、渓谷に残る多くは女性達なのでした。



本作は、日本人監督の竹岡寛俊さんが、パンキシ渓谷に住む人々を2010年から撮りはじめ、6年を掛けてドキュメンタリー映画として完成させた作品。海外での受賞をはじめ、2022年の東京ドキュメンタリー映画祭のコンペ部門にも出品された作品です。

(ドキュメンタリーにも色々ありますが、個人的にこの作品の被写体との距離感やリズム感が心地よく感じたのは、竹岡さんがNHKのドキュメンタリー『映像の世紀』にも携わっておられるからかもしれません。)

そんな本作では、
・二人の息子を紛争で失くした母レイラと、村で唯一のキリスト教信者であるマリアム
・レイラのいとこで元戦士のアボと、パンキシ渓谷で一般向けトレッキングツアー会社を興そうと奮闘するポーランド人女性バルバラ
という二つの人間関係を通して、パンキシ渓谷に住む人々の、歴史や現状が語られます。


私が特に心に残ったのは、元戦士のアボ。無口な彼は多くを語りませんが、今も時間さえあれば体を鍛えており、戦う能力は維持しています。

自分だけがシリアに行かなかったことを後悔しつつ、全てはアッラーが裁かれることと自分を納得させ、苦悩しながらも、村の発展のためにヨーロッパからのツアー客を引率し、不器用ながら村の歴史を語る姿には心を打たれます。

また、村に残る女性たちの強さも印象に残りました。
『男は戦争で死ねば英雄になる。戦争で死ぬ方が簡単。私達の戦争は今も続いているのよ』という言葉は重いですよね。

最後にバルバラ。彼女がなぜポーランドからパンキシの人たちにここまで尽くすのかの紹介はありませんでしたが、聡明で、知性と行動力のバランス感覚に長けたカッコいい女性でした。

映画のラスト、新しい事務所を準備するシーンで語る、『外に植える木はすぐに育つものを。だって、3年後にはどうなってるか分からないもの』という言葉には、先読みが出来る聡明さがあり、おそらく成功するんだろうな、という希望が見えました👍

考えてみれば、日本人監督がコーカサス地方の一つの集落の人間ドラマを10年間撮り続けているわけで、実際、本作に登場する方たちの前向きな強い眼差しを見ると、バルバラや監督が魅了されるのも分かる気がしました。



さいごに:
監督インタビューにもあるように、パンキシ渓谷は世界の縮図のような場所。戦争や宗教、難民や移民の問題、それに、貧困や格差、全てが詰まった場所でした。

“アダミアニ”とはジョージア語で“人間”を意味だそうです。

本作は、おそらく今後大きな問題になってくるであろうウクライナの復興、また、本人の意志とは無関係にウクライナに派兵されたロシアの若者やその家族など、様々な問題を考える上でヒントの一つになるように思えます。

上映場所も少なく、上映回も少ない作品ではありますが、機会あればご覧いただきたい作品です。


データ:
・パンキシ渓谷は今は平和であり、女性住民たちが村内に11のゲストハウスを構え、観光客を誘致している

・バルバラは、2017年にアボと、ツアー会社Caucasus X-Trek Pankisiを設立。今も会社は続いている




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