藻類デスモデスムス属

柳川の藻類デスモデスムス属のレビュー・感想・評価

柳川(2021年製作の映画)
4.0
この監督の「慶州」をみて、慶州にいくことにした。作中の古墳が窓から見える部屋は、とあるゲストハウスで撮影されたそうだ。せっかくであるからそこに泊まろうと調べると、一年間どの日付を選択しても満室と表示された。口コミが数年前のものしかないことから、閉業が疑われた。現地に赴いたのは五月だった。代わりに確保した近くの宿へ向かう途中、その施設の前を通った。閉まってはいないようだった。口の縛られていない大きなナイロン袋にシーツが詰め込まれ、戸口の脇に出されていた。通りに面したガラス張りの広間(共有スペースと思われる)には明かりがついていた。十卓近くのテーブルが置かれ、一角が案内カウンターのようになっている。その向こうで電話をする女性の後ろ姿が認められた。一泊分は決めずに来ていた。空いているか尋ねてみることもできたが、夕方で疲れており、トランクを持ってあがるのも億劫だったため、次の日に散歩がてら、改めて訪ねることにする。

翌朝、少し遅くにいったが、誰にも会うことができなかった。出入する人も見かけない。みんなもう出かけてしまったのだろうか。それともやはり閉まっているのだろうか。昨日のうちに声をかけておくべきっだったと、うっすら後悔が広がる。ほんの少し、力を出せばよかった。公園に入り、一周する。みたところ、園内には四、五基の古墳がある。映画をみた限り、全てなだらかな丘陵だと思いこんでいたが、大きな木を何本か生やしているものもあった。それもありなんだな。ベンチに腰かける。年配のグループが近くで体操をしていた。少し本を読んだ。やや離れたベンチには犬を連れたおじいさんが座っている。せっかくなので、別の場所にも行ってみることにする。慶州は「慶州歴史地域」として世界遺産に登録されている。街は広々として、人はまばらだが、あるところでは密集していた。国道(ではないかもしれないが)沿いに立つカフェは、空いてみえた。お昼は甘い餅を包んだスナック菓子を売店で買って食べた。足の短い草を踏み、史跡のへりを歩いた。反対側に小川がみえた。日差しで暗くなる眼鏡をしてきたことに気づいて、外すと景色のトーンが少し変わった。つけたり外したりした。人が少ないところから、多いところへ入り、また少ないところになって、多いところになった。二回ほど入場料を払った。いつだったか行った、市内の小さな動物園くらいの混み具合だった。公園のものと大体同じ形をした陵墓の前で人が列を作り写真を撮っていた。反対側に出て、両脇に売店が並ぶ通りを、大勢で歩いた。夕飯時で、カフェや居酒屋も多くあったが、いずれも決めかねた。ハングルは読めないので英語や写真を探す。うどんを食べることにした。フォントのちゃんとした、庭の広いお店だった。「ああ、はい」と思った。うどんは1300円だった。若い人が多かったが、家族連れもいた。

再度、ゲストハウスを訪れたときには、あたりは暗くなっていた。1階にはやはり明かりがついていたが、2階と3階の窓のカーテンは全て閉ざされ、漏れてくる明かりは一つもなかった。自動扉の前に立つと開いたので、中に入ってみる。誰もいなかった。さっきまで立っていた場所を、内側から眺める。カウンター裏のパソコンはロック画面になっていた。建物を出る。数軒となりにパブとカフェが並んでいて、どちらも通りに開かれていた。カフェの方に入って、カプチーノを注文する。お客はわたし一人だった。窓際でアロマが焚かれ、煙が外に流れ出している。公園の古墳はここからでもみることができる。斜面を白く照らしていたのは、月あかりだろうか、電灯だろうか。店内の照明はほとんど落とされている。ネオンサインの他、キッチンの方だけがぼわっと明るい。入口の上、壁の天井近くを端から端に、電光文字が流れている。
“OFF LIGHT I PURSUE DARK COMFORT”
赤、青、黄の各色で繰り返し、繰り返し
OFF LIGHTが店の名前だ。


期待通りで、みたあとは、それほど心に残るというわけではなかった。ただ、メロディではなく、リズムなのだと思う。池松壮亮の冬の装いを、今年は参考にした。十二月の二十九日か三十日あたりにみて、年を収めた。映画館を出ると星が出ていた。柳川で流れる夜の時間と、新宿のビアホールのロゴや広告が、妙に結びついてしまっている。