けんたろう

チロンヌㇷ゚カムイ イオマンテのけんたろうのレビュー・感想・評価

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アイヌ名を持つとかいふ、あの和人がとにかく胡散臭いおはなし。


上映前の館内に鳴り響く奇妙な音。こ、此れは間違ひない! 小学校の修学旅行のときにアイヌコタンで作つた、ムックリだ!
さすがはポレポレ東中野。此んなところから映画の愉悦に浸らしむとは。

さて、アイヌ。其の信仰に就いては、何時か何かの本で少しばかり読んだ事が有る。
──和人の多くが「カミ」と「カミでないもの」とを分けるのに対し、アイヌは周囲の殆どをカムイとする。又た、和人の信仰に比べ、アイヌは日常執り行ふ儀式の数が尋常でなく多い──
有り体に申せば、記憶が曖昧なのと、単に勉強不足なのとで、余まりよく存じ上げない。たゞ其の信仰は、究極美しいと感ず。

本作は、其の美しい信仰に、正に相応しきシヨツトで構成せらる。
山、海、雲海、花々……丸で魂の路を辿るかのやうに見せらるゝ北の大地の、其の壮美なる様には、最早や涙を禁じ得ない。北海道、余まりにも美し。

然うしてカメラが追ふ、一連の儀式。披露せらるゝ歌と踊り。
彼れらの深き信仰心と、又た大行事が故の厳粛たる決まりとが重なり、たいへん慎み深き様子が見ゆ。成るほど一世一代どころか、三世一代の神事。意外と愉快なところも有るのは、矢張り “祭り” であるからなんだらうか。

因みに、本作を通して最も面白かつたのは、彼れらとカムイの距離が可成り近かつた事である。
共に暮らす、或いは共に在るといふ印象を強く受く。此れほど身近なのは、少しく羨ましい。

キタキツネの語りは──まあ野暮つてえが、然し此れも最後にして昇華せらる。あゝ、感慨無量の結末。始めからもう一度観たくなりき。


国家の成立と発展と、其れからテクノロジの発達とが為めに内地が喪うた民俗の残滓を感ぜしむる、アイヌの信仰。然し其の「日本」の反映は、今や美しき北海道の地にまでも及んでしまつた。
作中には、家畜や轢死動物が何んにも祀られずにたゞ死ぬだけの現状を、嘆かれてゐる方が居た。「自然保護自然保護と馬鹿の一つ覚えに叫んだつて駄目だよ」との言葉が有つた。其んな信仰から来る深き嘆きの出来る人さへも、もうはや居らぬのではなからうか。

長き歴史のなかで紡がれてきたものが滅びゆく。
本作が残した映像は、貴重といふ言葉がヌルく感ぜらるゝほどに、貴重である。