吉田コウヘイ

トリとロキタの吉田コウヘイのレビュー・感想・評価

トリとロキタ(2022年製作の映画)
5.0
劇場映画3作目『イゴールの約束』以降、ほぼ3年間に1本のペースで新作を発表し続けながら70歳を迎えたダルデンヌ兄弟は、いよいよ黒澤明がベルイマンへ贈った手紙にあった…「人は最盛期から老齢期を経過し、もう1度幼年期に立ち帰る」の言葉通り、モーションがエモーションを呼び込む映画の本質、活劇へのプリミティブな回帰を成し遂げた。いや、もともと彼らのフィルムが多分に内在させていたそれをより研ぎ澄ました、と言えるのかもしれない。

前半部、初期の大傑作『ロゼッタ』(タイトルをタイプしただけで泣きそうだ…!)以上に哀切なロキタの、悲劇に向かって堕ちていくことが宿命づけられた静的な姿と、後半部に俄然画面を活気づかせるトリの躍動。カメラは彼の一挙手一投足をワンカットで、ダルデンヌ作品には意外なほど引いた構図で、まるでカメラ自体がそのアクションに魅せられたかのように映していく。そこにブレッソンを重ねるのは全く正しい事だと私は確信するし、いよいよ細い板を架け橋に渡る場面…そう、トリはいつだって橋を架ける存在だ…に続き、布地で斜面を急降下するのを真後ろからのワンカットで追うあまりに素晴らしく『抵抗』なクライマックスでそれはより強固になる。

移民の就労ビザの取得の困難さの描写で始まり、それへの憤りの言葉で終わる本作が射抜くのは誰であったか。それは今の日本で生活する我々に、「オマエはどちら側だ?気づかないフリをして黙殺して、後の世代へ先延ばしにする覚悟はあるか。或いは、少なくない犠牲を払っても今苦しむ者を助ける覚悟はあるのか」と、その圧倒的な映画技巧で力強く、真っ直ぐに銃口は向けられている。