吉田コウヘイ

フェイブルマンズの吉田コウヘイのレビュー・感想・評価

フェイブルマンズ(2022年製作の映画)
5.0
家族とは呪いである、なんて常套句をまさかスピルバーグの新作で使うとは…と思ったのだけれど、考えてみれば彼の最高傑作『宇宙戦争』は子供を守るために赤の他人を手にかける父親=アメリカ合衆国を当時サイエントロジー・スキャンダルの真っ只中にあったトム・クルーズに託して描いた物語だった。
どこまでもグレー、混沌の只中で傷つき傷つけ、被害者であり加害者、つまり当事者として、それぞれが手にした武器で懸命に相対化しながら生き抜いていく僕らの物語を、スピルバーグはずっと描き続けてきた。
それは『未知との遭遇』でフランスから招き、心の師として慕い、ついに今作において『大人はわかってくれない』『アメリカの夜』の伝記ものと『突然炎のごとく』『隣の女』といったエキセントリックなキャラクターの三角関係、不倫といった人間の根源的欲望を描いた傑作たちを丁寧に愛をこめて引用したフランソワ・トリュフォーから、さらにトリュフォーの師であるアンドレ・バザンが生涯手放さなかったアンビギュイテ=曖昧さとして受け継がれてきた、極めて現代的で普遍的なアティチュードだ。

薄いレースのドレスで、スピルバーグにとって特権的表象手段であるところの逆光に照らされて(光源は『激突!』のヘッドライト)踊るミシェル・ウィリアムズのダンス。それはやがて、決定的な亀裂として現れる映写シーンのアップ、その直後のガブリエル・ラベルを照らす逆光を経由して、自身のブレイクのきっかけになった短編映画『アンブリン』そのままなプロムパーティー上映フィルム作品へと還っていく。
そのリアクションは『サリヴァンの旅』のようで、あまりに映画の功罪の功を表して感動的なのだけど、それでいて感傷とは程遠い開かれた青空のラスト・カット、軽妙洒脱に地平線を動かす驚きの瞬間へ流れて行く乾いた叙情。

すべての要素が輝き蠢き、おそろしくもすがすがしい映画。それはまるでヒッチコックやホークス、フォードの傑作たちのように。ついにスピルバーグは、死にたいくらい憧れた映画黄金時代の伝説たちに今作で肩を並べたのだ。