吉田コウヘイ

リコリス・ピザの吉田コウヘイのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
5.0
『サイコ』では不吉なことはいつも二度くりかえされる
ー加藤幹郎『サイコアナリシス』

「いつも同じことを二度くりかえす」、亡き父親フィリップ・シーモアを反復したかのような、「1973年のLAの道端にいた青年、役者としての意欲や向上心が表に出てこない青年」、クーパー・ホフマンがレストランで不安げに待っている。その奥から、待ち人のアラナ・ハイムがやってくる。ワンピース・ドレスに身を包んだその姿は、10歳年下の少年クーパーにはひと夏に訪れた、天からの啓示のようだ。その瞬間、ピアノのフレーズが奏でられる。アラナがカメラに近づく。クーパーが気づき視線を送る。すると美しいピアノに魅せられたように、鼓動のようなベースが重なる。

そんなワンシーンが、濱口竜介の傑作『寝ても覚めても』のように高らかに鳴らされる爆竹で幕を開けるオープニングと、それに続く35mmフィルムとカーボンアーク灯により表層されたテクスチュアによる陽光の下で踊る滑らかな移動撮影に次いで、フィックスのワンカット長回しで描写された瞬間、観客はこの映画…ポール・トーマス・アンダーソン長編第九作『リコリス・ピザ』に魅せられてしまう。

LAのことを考えている、息をするのも忘れて
ーHAIM『Summer Girl』

主演のアラナ・ハイムを始めバンドメンバーである姉妹だけじゃなく両親まで出演するHAIMとPTAの、キャリア初期からのMV連作の延長線上に今作は生まれた。特にLAの街並みを舞台にした『Summer Girl』は今作の予告編でありアウト・テイクのようだ。

ルー・リードの代表作『Walk On the Wild Side』を基に、そのソウルをしっかり活かしながら自分たちの生きる現代のフィーリングと溶け合わせた『Summer Girl』は、『アメリカン・グラフィティ』や『マンハッタン』を参考に、ヴィンテージの機材にこだわりながら単なる再現に留まらず2021年の映画として結実させた『リコリス・ピザ』は分かち難く、西海岸の青空で繋がっている。

Paul McCartney 『Let Me Roll It』、David Bowie『Life On Mars』ら繊細で頼りなげな名曲に彩られながら、ウォーターベッドの上で揺れ動く2人を長回しで2時間たっぷり映していたPTAは、ある哀しい男の涙をキッカケにカットを刻み始める。右から左へ、左から右へ走る2人のカットバックは『007/死ぬのは奴らだ』が上映中の映画館でぶつかり倒れ、初めて使われるオフのヴォイス・オーヴァで「愛してる」の言葉がささやかれたとき、悲しみと喜び、衝動と意図、過去と現在、自分と他者が渾然一体となって、観客のエモーションは爆竹のように高らかに鳴らされるだろう。