吉田コウヘイ

Haulout(原題)の吉田コウヘイのレビュー・感想・評価

Haulout(原題)(2022年製作の映画)
4.5
2020年秋、プーチンのウクライナ侵攻前にイギリスと合作された、25分間の短編ドキュメンタリー。

北極圏、シベリアの10月…にしてはそれほど寒さが伝わってこない、名作『ドクトル・ジバゴ』『ひまわり』のイメージからは遠い、秋の海辺の荘厳な遠景に点在する一人の男の影。ナレーションや字幕は廃され、浜辺を歩いたり崖に腰掛けタバコを吸ったりしながらヴォイス・レコーダーに状況報告を淡々と吹き込む男の声と、フレーム内フレームや簡素ながら無駄なく美しい構図のフィックスなどタルコフスキーらロシア映画伝統の美学を駆使しながら映される日常生活に心地良さを覚えた矢先、開始6分に突如訪れる画面密度の過飽和状態。事態を呑み込めず被害への恐怖を覚える観客と、落ち着き払った画面内の男。やがて夥しい侵入者、侵犯者に思えたそれらと私たち観客…人間たちの関係が逆転していく。最初に抱いた、シベリアにしては寒さが伝わらない映像に作者の意図が込められていたことに気づき、その巧みさに驚いた。

フラハティ『極北のナヌーク』と接続しながら、ドキュメンタリーの起源の本質、「演出も踏み込みも存分に行っていい、あくまで作品なのだから」という基本を踏襲し、泣きどころもしっかりと作り、メッセージの痛切さ、苦さを際立たせるのも映像作家として素晴らしくプロフェッショナルな姿勢と言える。

そんな傑作が、ロシアとイギリスの合作だということ。世界は複雑だ。