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1640日の家族のumisodachiのレビュー・感想・評価

1640日の家族(2021年製作の映画)
3.9



3人の子どもの末っ子として里子を迎え入れたアンナとドリス。里子のシモンは皆に愛されてすくすくと成長していた。しかし、実父がシモンを引き取りたいと希望したことにより、平穏な日々に終わりが訪れることになってしまう。激しく動揺したアンナは……。

里親制度を描いた秀作。里親のうち母親であるアンナを中心に、制度的な公平性と心理的な葛藤とを多角的に描いている。「母親に感情移入した」という感想を多く見かけたので私もてっきりそうなるかと思ったが、そうでもなかった。自分の反応が意外だったという点でも印象深い作品となった。

何年間も愛情を注いで育てた息子と離れたくない、という素朴な感情に蓋をすることができないアンナ。実父であるエディは経済的にもアンナたちほど余裕がないし、なによりも子育て経験がないので頼りない。まあ心配だよね。「自分といた方が絶対に幸せになる!」って思っちゃうよね。うんうん。養子縁組で「やっぱり返して」と言われる話ならばそれでOKなのだが、問題はアンナたちが里親だということだ。

里親は仕事だ。報酬ももらうし、仕事として向き合わないといけない。子どもにとって危険がないのであれば、実の親と暮らすのが望ましいという基本に立った制度なので、アンナがシモンを手放そうとしないのは正しい行動とはいえない。

まあそれはそうなのだけど、とはいえシモンの気持ちはどうなるの?家族と離れないといけないなんて可哀想!と思う人も多いだろう。でも、これも微妙だと私は感じた。もちろん愛する家族と離れる痛みはあるのだが、映画内で示されていたシモンの反応のいくつかはアンナが引き出しているように私には見えたからだ。

子どもは親の反応を非常に気にする。親が複雑な表情を少しでも見せたら、親の声色に少しでも何か引っかかるものを感じたら、「これは気に入らないのかな?」と不安に思ってしまう。親を喜ばせたい、親に100%肯定してほしいという気持ちがこんなにも強いというのは、自分が子育てをしていて知った驚きだった。アンナが抱えている心の葛藤は、シモンにビビッドに伝わっているに違いないのだ。

エディが自分と亡き妻と生まれたばかりのシモンの写真を飾ってほしいと要求するのは当然だと思うし、シモンも最初はそれを喜ぶ。しかし、アンナが明らかにそのことを歓迎していないムードを出しているので、シモンは強い不安に駆られてしまう。私にはそう見えた。

シモンにとって、家族と離れたくないという気持ちは本当に違いないが、それ以上にアンナを悲しませたくない、アンナを喜ばせたいという気持ちが強い。「シモンの希望通りにしてあげたいから」という免罪符を振りかざして、結局はアンナが無意識のうちにシモンに自分の望み通りの反応をさせていた(ある意味でシモンをコントロールしてしまっていた)という面があったと思う。シモンがエディに会いたいと言ったら、エディのことを楽しく話したら、アンナは心から笑うことができないだろう。だからシモンはアンナの笑顔を求めて自分の気持ちを誘導していってしまったのだと思う。エディへのシモンの心の開放を阻んだのは間違いなくアンナなのだ。

つまり、「(里親と引き離すなんて)子どもが可哀想」というシンプルな話ではなく、子どもの気持ちのありようも含めてケアしないといういけないよという話なんだと思う。元の家族とは離れたくないという気持ちを否定することなく、実の親への前向きな愛情を促すようにしないといけないんだよね里親は。もちろんそれはすごく難しいことであり、日本版キャッチの「大切なのは、愛しすぎないこと」にも繋がるわけだが。

でも、ずっと手元に置いて抱え込むことばかりが愛情ではないし、やりようによっては育ての親と産みの親という2組の親から目一杯の愛情を受けて育つことも可能になるはずだ(おそらくそれが里親制度の理想なのではないかな)。

私はもともと子どもが好きで、「自分の子どもだったらどんなに可愛いんだろう」と想像していたのだが、いざ生まれてみると想像していた感情とは少し違った。もちろん自分の子どもは可愛いが、同様に他の子どもについても可愛いと思うようになったのだ。「子ども好き」ゲージが全体的にグワっと上がったというか。それよりむしろ、自分の子どもに対しては愛情の差よりも責任の差を強く感じたし、今も感じている。

だからなのか、愛情ベースではなく責任ベースでアンナの行動を評価していた節がある。「どっちの方が愛しているか」なんてわからないし、エディも愛してるでしょそりゃと思うし。宿題の件などはエディひどいなと思ったが、未熟な父親なんだもの仕方ない。というわけで、鑑賞前の予想に反してかなりアンナに対して厳しい見方になった自分に驚いた。

こういう風に社会的なテーマを多角的に取り上げた作品を観ると、自分の中の価値観や考え方が整理されるってことあるんだなあ。
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