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コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ーのumisodachiのレビュー・感想・評価

4.4


中絶が禁止されていた時代に、中絶を手助けした実在した団体を描いた作品。

裕福な主婦ジョイは第二子を妊娠していたが、母体に危険があり妊娠継続はリスクになると伝えらえる。しかし、当時は法律で中絶が禁止されていたために病院の理事会での決定は「中絶は認めず」。ジョイは、女性たちを支援する「ジェーン」という団体に電話をかけるのだが……。

ジェーン・コレクテイブという実際の団体をジョイの視点で描いているわけだが、調べてみたらほぼそのままで驚いた。医師についての顛末も、貧困者への措置も、ジョイの決断も、黒人メンバーの主張も、すべて実際にあったことだったのだ。びっくり。

特に、ジョイの決断については「軽率だ」とか「甘い」という感想を抱いた人がいたかもしれない。しかし、女性の権利は女性の手で行使すべきであるという主張や、違法であった以上はどこかでその決断をしなければ処置数を担保することは不可能だったであろうことから、私の目には極めて現実的なものに映った。どのみち違法でリスクを取っているわけだから、「公平に救う」という目的を達成するために資格がどうのなどといったことを問題にするのはアホらしいもの(ただし、実際は医師の秘密の発覚によって脱退したメンバーも結構いたらしい)。また、最終的に彼女が選んだ道についても、彼女の立場と状況であれば、あの時点でのリスクを考えれば当然だと思うし、まったくもって理性的だし最善の努力をしたとしか言いようがない。あれで「甘い」って思うとしたら、そっちの方が「甘い」よ。女性が置かれている立場を全然理解してないってことだもん。

全体的に、とても理性的な作品だという印象。女性が中絶を余儀なくされる事情、経済状況の差、構造としての人種差別など、様々な側面から光を当てて冷静に語っていて、ともすれば教育テレビかな?というくらい教科書的なつくりになっている。反対に、感情に訴える要素はギリギリまで押さえられているので、リプロダクティブヘルスライツに対する関心の濃度によっては、先述したように彼女たちが無計画で思慮が浅い人々に見えてしまうリスクもあるだろう。でもね、多分そういう風に感じてしまう段階の人を相手にはしてないんだと思うんだよね。この映画を見て彼女たちを侮ってしまうような感覚を持っている人については、「はいはい。わかったからもうちょっと勉強してからまた来てくださいね」ってなもんなんだろう。

特に好きだったのは、ジョイが社会的な関心に目覚めていく過程がとてもナチュラルだったこと。もちろん、直接のきっかけは自分が中絶しなくてはいけなくなったという経験なわけだが、彼女の中にあった政治的・社会的なものへの関心の芽がグングン花開いていき、潜在的な能力を開花させていく様子がとても爽快だった。そんなジョイに戸惑いながらも、理解していく夫と娘の描き方も秀逸。

めっちゃかっこいいシガニー・ウィーバーと、そんな彼女でも女性であるだけで直面せざるを得ない限界、それに突破口をもたらす「ただの主婦」だったはずのジョイというストーリー構造もわかりやすくて良い。

困難な状況での中絶を描いた『あのこと』や『17歳の瞳に映る世界』が当事者によるミクロな視点だとすると、本作はもう少し引いた場所から「どう組織化するか・どう社会変革を促すか」というマクロの視点。アンダーグラウンドではありつつも警察も黙認しているような状況なわけで、本人たちには明確に社会正義の意識がある。「正しい」「正しくない」という判断を何に基づいてくだすべきなのか?いま社会で「正しい」とされていることをそのまま受け入れることの是非など、社会に対する向き合い方についても気付きを与えてくれる内容になっている。彼女たちの闘いの成果が今のアメリカでは再び奪われようとしているわけで、かなり切実な問題として受け止めるべき作品だろう。



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