深夜アニメという枠が生まれてちびっ子向けではなく青年向けのアニメ作品が深夜に放送されるようになったのは90年代の後半くらいからで、その嚆矢となったのは『剣風伝奇ベルセルク』辺りだったと記憶しているのだが深夜にもアニメやってる! というのは当時の俺にも新鮮で色々楽しく見てはいたものの、なんかエヴァの二番煎じみたいなやつだったり毒にも薬にもならないギャグものだったりでややマンネリ化していて段々とあまり深夜アニメも見なくなっていっていたんですよね。『花田少年史』とか好きだったけどね。ちょうどそんなとき、確か2006年だったと思うけど、フジテレビが深夜アニメ枠として現在でも続いているノイタミナという番組枠を生み出して、確か一発目は『ハチミツとクローバー』だったと思うが、その後2~3本目くらいに『怪 〜ayakashi〜』という怪談もののオムニバスが制作されたわけである。そしてそれが『モノノ怪』シリーズの前身となったわけですね。
ずいぶんと長い前置きになってしまったが、上記したように深夜アニメにも興味を失っていた俺が寝る前にたまたまテレビをつけたら『怪 〜ayakashi〜』の一編である「化猫」の第1話(のAパートが終わるくらいだったかな)が放送されていて、それはもうぶったまげたものであった、というのが俺と『モノノ怪』シリーズ、もとい中村健治との出会いであった。
いや正直びっくりしたよ。マンネリ感を感じていた深夜アニメの作品群の中で和紙の質感を取り入れた映像と極彩色の中にクリムトのオマージュなんかが散りばめられた絵面、そして妖怪退治ものでありながらその骨子は刑事ドラマであるというキャッチーさに加えて主人公である薬売りの妖しい魅力にストーリーの中核として全てのエピソードに共通する社会の中での女性の受難、それらすべてがアーティステックでありエンターテインメントであり、社会派なテーマのトレンドとしても数年は先取りしていた作品だったと思う。これはまぁ衝撃的な作品でしたよ。あくまでもオムニバスの一編であった『怪 〜ayakashi〜』からすぐに単独の『モノノ怪』として独立したのも当然という印象であった。ちなみに2006年は『涼宮ハルヒの憂鬱』が放送された年でもあるから深夜アニメ的には結構エポックな作品が生まれた時期なんだよな。
んでそれから中村健治は新進気鋭のアニメ監督としていくつかの作品を世の放ったのだが、本作『劇場版モノノ怪 唐傘』は実に17年ぶりのシリーズ最新作となったのである。ファンとしては正に待ってました! という感じなのだが、正直本作は映画としては悪くないけど…な感じでちょっとノリきれないという感じではあった。上記したようなシリーズとしての特徴はちゃんと発揮されていたし、劇場版ということもありアクション面においては過去最高の出来だったと断言できる。色々あって主演が変更になったがそれも得意気になるほどではなかった。そんな感じで一応トータルの印象としては面白かったのだが、なんかなー、と思いながら観ていた部分もあったのである。
お話としては上記したようにモノノ怪退治をしている謎の男である薬売りが大奥(明言されていなかったが徳川幕府なのだろうか…)にいるモノノ怪を斬るために情念渦巻く美麗で絢爛な女の世界に足を踏み入れる…というものである。軽くシリーズものとしてのお約束を説明しておくと、薬売りはモノノ怪を斬るための退魔の剣という剣を持っているのだが、それはモノノ怪の形と真と理の三つを解明しなければ抜くことはできない剣であり、その剣を抜くために刑事ドラマよろしく犯人であるモノノ怪の素性を調査していくという仕立てのお話しである。
なので主人公である薬売り自体は舞台装置のようなもので、実質の主役となるのは犯人であるモノノ怪が何故凶行に及ぶようになったのかと実際に作中で殺される人間たちとのドラマである。そこは本作でも健在で大奥で新しく務める二人の女性が事件の中心人物として描かれ、彼女らを通して大奥がどういう世界なのか、タイトルにもある本作の犯人たるモノノ怪の唐傘がどういう理由で何のために犯行を重ねるのかが徐々に明らかになっていくのだが、見事な変化球が多かったテレビシリーズ(おそらく予算的な理由もあったのだろうが…)と比べたら余りにも直球な展開ばかりでちょっと肩透かしだったというところはあった。個人的には「のっぺらぼう」とか「鵺」くらいの構成の上手さを期待していたし、大奥という舞台からは「座敷童子」くらいに強烈なストーリーを展開してほしかったのだが、それほどのインパクトはなかったなぁというのが正直なところである。これはちょっと珍しいパターンだなと思うよ。だってテレビ版では尖りに尖ってキレキレだったのに映画版ではマイルドな表現になってるとかさ、普通は逆じゃない? って思っちゃうよ。地上波であそこまでできたんだから映画ならもっと観せてくれよ! っていう感じはありましたね。
あと、これは劇中では字幕がちょっと出ただけで観間違いか? と思っちゃったんだけど、どうやら続編もある三部作構成になっているようで、それは公開前に言ってほしかったんぁというのもありましたね。だって作中で明らかに回収されてない伏線とか設定があって、え…? このまま終わるの…? これモノノ怪は斬ったけど本質的には解決されてなくない? ともやもやしながら観ていたのだが、なんのことはない、単にその部分は次作に持ち越しになるということなのだ。先に三部作だと知ってれば、あぁこの要素は次回以降の部分なんだな、と得心しながら観られただろうに無駄に無駄に尻すぼみで消化不良感を感じながら観てしまったのはなんだかなーという感じだった。
まぁその辺の不満を置いといてもコンテはシリーズで今までにないほどバチクソに格好良かったし、上記したようにアクション面の良さだけでも十分楽しい映画ではありましたけどね。ただ見せ方はテレビシリーズの方が好きだったな。特に形と真と理が揃う瞬間のカタルシスは「海坊主」には遠く及ばないと思う。その辺の演出なんかはテレビ版のが尖ってると思うが、まぁその辺は完結編まで観てみないとなんとも言えないところでもあろう。どうやら大奥三部作になるようなので。
という感じで売り方の不満はあれど内容的にはまぁ退魔ものとしてまずまずな感じでした。とりあえず次の「火鼠」も観ます。ちなみに個人的にモノノ怪シリーズで一番見たい妖怪は雪女なんだけど、いつかやってくれないかなー。モノノ怪の雰囲気やテーマ的にぴったりな妖怪だと思うんだけどなー。