先に観た人たちから好評しか聞いていなかったのでちょっと天邪鬼な気持ちで観たのだが、ちょっと文句のつけどころが思い浮かばない『花嫁はどこへ?』でした。いや、別に無理して文句はつけなくていいのだが! まぁでも天邪鬼な気持ちで臨んだとはいえ、確か予告編で『きっと、うまくいく』を手掛けた人の名前が出ていたのでコメディありのヒューマンドランとして観応えのある作品だろうなぁとは思っていたのだが実際に観てみると正にそのような映画ではありました。想像していたよりもずっと良かったけれど。
お話は何か落語とかでありそうな設定なんだけど、インドの田舎の村から嫁ぐ花嫁がいて現地の風習なのか知らんが花嫁は実家から嫁ぎ先まで車に乗って電車に乗ってと移動する間ずっとベールを被って新郎の手を握って付いていくみたいなんですよね。んで乗った電車には偶然同じ赤いベールを被った花嫁がもう一人いた。そしてあろうことか新郎は自分のお嫁さんではなくてたまたま乗り合わせただけの縁もゆかりもない別の花嫁さんの手を引いて自分の家へと帰ってしまうのであるが、さてはて取り違えられた花嫁たちはどうなるか…というお話です。
まぁぶっちゃけその設定は流石にちょっと無理があるやろ!? と思わなくもないのだが、しかしそこは映画だからな~、ということで飲み込むとそれ以降の脚本は実によく出来たもので観ながら何度も舌を巻いてしまった。ちなみに、後述するが初見時に(ちょっと都合良すぎないか?)と思った部分の半分は後半でちゃんとその理由が説明されていたので本作は演出がどうとか役者がどうとか以前に本当に脚本の上手さが図抜けてる作品だと思う。
その辺ちょっとネタバレ抜きで書くのは難しいのだが、ふわっとした言い方をすると多くの女性の人生で重要になるであろう箴言めいたセリフが説教感や嫌味がなく配置されているのである。例えば置き去りにされた花嫁は駅で行く当てもなく一人ぼっちになるのだが、その駅で生きている浮浪児や日本風に言えばキヨスク的な駅の売店のおばちゃんと知り合い、そのおばちゃんのお店でバイトすることになるのだがそこで彼女(多分10代後半くらい)は生まれて初めて自身の労働でお給料をもらうという経験をする。そしてそのおばちゃんが彼女に「結婚しても自分の小遣い稼ぐくらいの仕事はしなよ」という意味のことを言うのである。
これは村上龍が20年ほど前に口を酸っぱくして言っていたことだが、自立というものはまず経済的な自立から始まるしそれなくして精神的な自立などあり得ない、ということであろう。かつて村上龍は引きこもりやDVから立ち直るために絶対的に必要なものは自分一人の力で家賃と食費と光熱水道費を賄えるだけの経済力であると説いたのである。本作で駅のおばちゃんが世間知らずの若妻の未来をどこまで案じていたかは分からないが「結婚しても自分の仕事は持ちな」っていうのは正にそのような忠告に思える。
そして取り残された花嫁とは別に間違って連れて行かれた花嫁も、その本来は何の関係もなかったはずの男の実家でその男の母親なんかと交流して仲良くなるのだが、そこで食べたレンコンの炒め物のエピソードなんかが珠玉なんですよ。なんでもそのレンコンの炒め物は花嫁を取り違えた男の母親が大好きな料理だったのだが、夫も子供もあんまり好きじゃないから段々と作らなくなっていってしまったのだという。そして久しぶりに作って食べてみたら、私この料理大好きだったわ、ということを思い出したと言うのである。そしてそれを受けて間違ってやってきた方の花嫁が「家族が好きじゃなくてもアナタが好きならその料理作ればいいじゃない」って言うんですよ。そういう交流がきっかけで夫側の家にいる女たちが、自分たちは嫁とか姑とかの立場に縛られていた、という気付きを得るんだけど、ここで凄いのはそれはそれとして自分が好きなメニューは我慢して家族の好きな料理を作ってあげるのも悪くないよ、という価値観もちゃんと描かれていたのがすげぇ良かったんですよ。
本作は基本的にはリベラルな価値観でもって自立した女性を称揚する映画なんだけど、でもそれは独身者であるかとか既婚者であるかとかは関係なくどんな生き方でも自立した女性として生きることはできるということを高らかに宣言している物語になっていると思うんですよね。昨今の知性が感じられないSNS上でのフェミニスト(笑)にしてみれば、結婚などせずに家庭になど縛られずに自分の自分による自分のためだけの人生が理想の女性の生き方だ、ってことになるかもしれないけど本作ではそうでもないよなっていうことが語られるわけですよ。
上記したように最低限の経済的自立はした方がいいとしながらも、独身のままキャリア志向の人生を歩んでも10代のうちに結婚して専業主婦になっても、それが人生の幸と不幸を決めるものではない。ただシンプルに自分が生きたいと思う生き方をするべきなのだ、と本作は言うわけですよ。そして他人がこうありたいと思う人生を生きるのを邪魔することは誰にも許されない、と。
それを描き切るっていうのは中々凄いことですよ。家から出る女性と家に入る女性を同時に嫌味なく応援する物語になってるってことですからね。
それを両側の視点から無理なく描き切ってる脚本は実に上手くできてるなー、と思う。上で、ちょっと都合が良すぎないか? と思った理由というのは、置いてかれる花嫁はともかく連れて行かれる花嫁は絶対気付くだろ? という部分なのだが彼女が(この人自分の結婚相手じゃない)と気付きながらも付いて行った理由もネタが明かされると彼女を応援するしかなくなるものだったので、実に巧みな脚本だと思いますね。
ま、花婿の方が、お前花嫁を間違えるか~~?? というのはあるが、そこはもうそういうお話だからね…ということにしておくしかないな…。あと本作を観た人は大体そう思うだろうけど、例の警部補(だったかな)がいいキャラすぎて最高でしたね。100%の善人じゃないけど法ではなく情の上でいいひとになるっていう塩梅が最高でした。違う角度から描いたらクソ野郎なんだろうなコイツ! っていう魅力が素晴らしかったです。
いやとても面白い映画でしたね。インド映画といえば『バーフバリ』や『RRR』みたいな派手なアクション増し増しの英雄譚というイメージが強いかもしれないが、個人的には本作のような映画をこそ観てほしいなという気持ちです。そりゃ『バーフバリ』も『RRR』も面白いし俺も好きだけどさ。
そろそろ上映終わりそうだけど、実に良い映画だったのでお近くの劇場でやっている人にはぜひおすすめします。面白かったよ。