ヨーク

ストレート・トゥ・ヘル:リターンズのヨークのレビュー・感想・評価

3.8
まず最初に書いておくが、本作『ストレート・トゥ・ヘル:リターンズ』はどういう映画なのかもまったく知らずに時間が合うからというだけの理由で観たので、後になって、へぇ~~、となったところがいくつかある作品でした。というのもまずタイトルに「リターンズ」とあるのだがこれは続編とかリメイクというわけではなくて、1987年に制作された異色西部劇である『ストレート・トゥ・ヘル』に、オリジナル公開版ではカットされたシーンや未公開シーンを追加して映像と音声のリマスターを行った新たなバージョン、ということらしいのだ。ま、完全版リマスターバージョンってところですかね。んでそのオリジナルの『ストレート・トゥ・ヘル』という作品は直訳すると“地獄へまっしぐら”という邦題になるわけだが、その頭の悪そうな響きに相応しくバカバカしくも楽しいB級カルト西部劇として結構有名だったのだそうだ。
俺は知らなかったけど、しかし実際に観てみると確かにボンクラなB級映画マニアが好みそうな作品で全く大したことのないお話なんだけど、これは好きだな、と言わざるを得ないような映画でしたね。もっと若い頃に観てたらある種の崇拝をしていたかもしれな…いやそこまではないか…。でも今観る以上にはハマっていただろうなとは思いますよ。
お話はうだつの上がらないギャングの三人組と妊婦が銀行強盗に成功して大量の現金と共に逃亡を始めるところから始まる。砂漠でエンストした車を乗り捨てて彼らが辿り着いたのは絵に書いたようなベタな荒野の寂れた西部劇風の町。なんとそこは彼ら同様無法者のギャングたちが拠点として使っている荒くれ共しかいない町だったのだ。お互い脛に傷持つ犯罪者同士ってことで町での滞在は許可されたものの、荒野に銀行強盗で得た現金
を隠していることが知れたら命の保証はない。小さな町で犯罪者同士の腹の探り合いが始まる…という感じのお話しですね。
ま、実に他愛のないお話ですよ。登場人物紹介を兼ねながらギャング同士の緊張感を煽り、でもこれといった大事件が起こるわけでもないまま最終的にはなし崩し的に銃撃戦へ…というだけの映画なので物語的に観どころとかはないんだけど、登場するギャング共が荒野の何もない町でダラダラと暇潰しをしている日常の描写とかが妙に面白いんですよね。
なんだろうな、軽妙というか洒脱というか、もしくはクールとでも言うほかないようなショットがちょくちょく出てきて全体的に雰囲気がいいんですよ。繰り返すけど特に面白いことは何も起こらないの。まぁ会話のやり取りでちょっとフフって笑っちゃたりするようなことはあっても、ぶっちゃけその辺も尺稼ぎ的なシーンでしかないのでは? という気すらするのだが、しかしその何でもないシーンが妙に決まっているのである。
センスが良い、ということなのだろうか。まぁ良し悪しではなくて似たセンスを好む人には刺さる、というだけのことかもしれない。それも単に個々のシーンの断片がいいというだけなので最終的にはバカっぽいB級映画だったな…と思いながらエンドロールを見つめることになるのだが、でもいくつかの画が確実に胸に残る映画ではありましたね。その胸に残ったものは美学とでも言うべきものかもしれないな。
オールドな西部劇まんまの舞台でハラハラドキドキするような大事件が起きるわけでもなく、ただ乾いたタッチで特に意味もなく個性的なギャング共が死んでいくだけの映画なんだが、その姿っていうのが妙に陽気で命が軽くてある種の祝祭的なトリップ感があると思ったんですよ。そうだな、面白いっていうよりも観ていて気持ちのいい映画っていうことなのかもしれない。冒頭からして銀行強盗で盗んだ札束の山が風に舞って散っていくんだけど、カバンから飛んで行った札束をかき集めたりしないんだよね。どう見ても金に縁のなさそうなギャング共なのに舞い散っていく札束には興味なさそうなの。それがなんか格好良くて、観ていて気持ちいいんですよね。
それは西部劇というテンプレートに対する美学でもあるだろうし、カタギの社会からドロップアウトしたアウトローたちの美学かもしれない。また、潤沢な予算を組んで超大作を作ることなど夢のまた夢な映画人たちがそれでも低予算なりにやりたいことをやっているという美学かもしれない。本当にただ格好いいと思う画を繋げているだけの作品だと思うけど、監督が心から格好いいと思う画を繋げてるんだろうなというのがありありと分かる感じで、そこの本気度がとてもいいんですよね。やりすぎてギャグっぽくなってるところもあるけれど、そんな映画嫌いになれるわけないやな、ってところですよ。
そういう感じの映画なので、特におすすめはしないけど個人的には好きな作品でした。こういうの観ると幸福な気持ちになりますね。
あ、そういや本作は黒人男性が主役格でやたら女性キャラが活躍するってのもあって、現代の目で観ればいわゆるポリコレっぽさを感じてしまう気もするけれど、80年代後半の時点ではきっとそれがシンプルにクールだったんだと思う。その辺のギャップもちょっと面白いですね。
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