だいすけ

正欲のだいすけのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.0
LGBTQという言葉は広く知れ渡っているものの、各アルファベットの意味、とりわけ"Q"の意味を知らない人は少なくないのではないだろうか。これはQuestioning(性的指向が定まらない人)あるいはQueer(性的マイノリティを包括する言葉)を表す。本作の登場人物は、Qに内包されているのだ。僕らが思っている以上にQは多様性を極め、その深淵を理解することはできない。にもかかわらず、"LGBTQ"という言葉は、この枠組みで全人類をきれいにカテゴライズできるという錯覚を生む。そして、傲慢にも性的マイノリティを理解した気にさせてしまう。

ところが、自身の理解を超える性的指向に出会ったとき、おそらく多くの人間は恐怖や嫌悪感を覚える。本作に登場する変わったフェチや、小児性愛者がその例だ。性犯罪を犯した場合は言語道断だが、性的マイノリティとして小児性愛者は受容されるのか。まず無理だろう。

それどころか、比較的なじみのあるLGBTですら、身近にいたら困惑する人が多いのではないだろうか。現代日本においてLGBTQは画面越しの存在である場合がほとんどだ。近年において積極的に製作されるニュースやドキュメンタリー、映画やドラマなど、もはやコンテンツとして消費されているとも捉えられる。本作でいえば、ゲイコミュニティに起源を持つダンスを「ダイバーシティ」なイベントに引用しようとするところはまさにそれだ。LGBTQが紋切型のコンテンツとして扱われるのだ。

このような単純な視点とは裏腹に、あらゆるコンテンツに向けられる性的な眼差しはずっと複雑なものだ。例えば、本作の中で子供に風船を割らせる企画のリクエストがあったが、どうやら世の中には風船フェチというものがあるらしい。そんなフェチがあるとは夢にも思わないとはいえ、性的指向の多様性に対する世間の理解とはそれほど単純だと思う。

要するに、僕らは大味な「多様性」という言葉でマイノリティのことを理解した気でいるにも関わらず、複雑性に直面すると拒絶反応を示すという、ダブルスタンダードの中で生きているのだ。

さらに恐ろしいのは、知らず知らずのうちに自分にとっての「普通」を他者に押し付けている可能性があることだ。寝具売場の先輩女性のように、それが善意に基づいていると一番たちが悪い。あたかも観客に向けられたかのようなガッキーの睨みは、罪を問われているようでハッとさせられた。

人間というのは思っているよりもずっと複雑な生き物だ。自分のことすら分からないのに、他人のことなど分かるはずがない。窓ガラスを割り、涙しながら命を絶とうとするのは、失恋したからではない。ダンスに魅せられるのは、好きだからではない。もっとずっと複雑な感情が込められていたと後々分かったとき、登場人物の心情を勝手に決めつけていた自分の多様性に対する理解の浅さを思い知らされる。彼らが抱いているのは、性愛的な「好き」よりもずっと深い愛に思える。

結局、他者の価値観を完全に理解することも受容することも、極めて難しい。ただひとつ言えるのは、千差万別の価値観に生き辛さを感じる人がいて、それでも確かに皆生きているということだけだ。本作のモチーフとなった水の清らかな煌めきは、ただただ生きるための純粋な欲を表しているように感じた。「いなくならないから」、この言葉に背中を押される人がどれほどいることか。
だいすけ

だいすけ