だいすけ

オッペンハイマーのだいすけのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
ほぼほぼ会話劇といってよく、しかも難解な専門用語が登場して時代背景に関する知識も要するのに、これだけ目が離せない作品は他にあるのだろうか。ルドウィグ・ゴランソンの不穏で切迫感あふれる音楽が会話劇にサスペンスをもたらす。カラーの「核分裂」パート(オッペンハイマーの視点)と、モノクロの「核融合」パート(ストローズの視点)から成る。文字通り、「核分裂」パートより「核融合」パートの方が時系列としては後になる。さらに、「核分裂」パートはオッペンハイマー自身により過去に遡った回想シーンもあるため、時系列としては大きく3つとなる。カラーとモノクロを使い分けたのは、時系列を明快にするための工夫とも思えるし、オッペンハイマーの主観性を強調しているようにも取れる。

オッペンハイマーの人柄に関する率直な印象は、知的好奇心旺盛。そのことを示すエピソードが多々描かれている。物理学の素養はもちろんのこと、言語の才に溢れるだけでなく、あらゆる分野に造詣が深い。そして、知的好奇心の対象は女性にも及ぶ。何人もの女性と関係を築いたと思えば、心が離れる。それを繰り返す。オッペンハイマーは、周囲との人間関係、そして自身の価値観において、「分裂」する。その行き着く先は、愛国心と道徳的価値観の間の分裂である。彼は複数の女性の間で、理論と応用の間で、そして二つの信念の間で、原子のように揺れる。いや、揺れていたいと願っていたのかもしれない。

人間は不合理な存在で、自分を明確に定義することができない曖昧さを孕んだ生き物だ。これはオッペンハイマーの態度にも表れている。そして、聴聞会における証言者にも見て取ることができる。特に、妻であるキティの証言シーンは感極まった。

夜空に思いを馳せていた頃はロマンだったものが、引き寄せた途端に恐怖の象徴となってしまった。映像で表現された原子の世界はとても美しい。それが人類を滅ぼす無慈悲なものとはにわかに信じがたい。というか、この作品自体、脚色はあれどフィクションではないという事実を受け入れがたい。本当に、パンドラの箱を開けてしまったのだと、ただただ恐怖を感じる。
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